最後の言葉
「まるで、マラソンか何かみたい」
 私は1人きりの部屋で自虐的に笑った。
 崩れ落ちるままに膝をつき、そのまま壁に頬を預けてみる。
 少しひんやりとした温度が、自分の胸まで伝ってきた。

「そう思わない? 修くん」
 そのときはイヤでイヤで仕方ないのに、終わってしまうとふいに懐かしく、どこか楽しくなってしまうあの感覚。
 今では私の身体に、心に、彼のいた時間が痕を残していた。

 あの泣きたくなるくらいに熱く感じた、苦しいほどの幸せが、
 テレビを消した後の焼きつきのように私の心に残っている。
 それは消えるどころか、ますます強くなっているようで、
 いつもより広く感じる1LDKに、笑い声は虚しく散っていった。

「いつか、修くんのこと、忘れちゃうのかな」
 私は、いない彼に問いかける。
「でも、ダメだよね。だって……私が悪いんだから」
 そういって、私は自分の足に爪をたてた。
 そう、悪いのは私なのだ。なぜなら、私の裏切りがなければきっと修くんは、
 今でも私のそばにいてくれたに違いないのだから。

 私は、床に転がっていたタバコに手を伸ばす。
 修くんが吸っていたマルボロ。
 それに火をつけ、大きく吸い込んでみる。

 すると、肺は煙と一緒に、部屋に漂う虚しさを取り込んでいった。
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