彼の鯛焼きにはあんこが入っていない


ゆっくりした哀愁漂うメロディーに合わせ、ゆらゆらと漂えばいい___。


「な、なんかアレンジ違う‼︎」

「ハウスバージョンだ‼︎走るぞ‼︎右‼︎」


紐のついた右足を踏み出し、小刻みなリズムに合わせて足を交互に繰り出す。


「右手上‼︎クルッと回んぞ‼︎」

「速い‼︎速すぎる‼︎」


若干、頭と尾ひれにズレがあるものの、私はなんとか喰らいついた。


女だからと西山にバカにされたくないのではなく、ここで倒れたら起き上がれないもの‼︎


「最後にジャンプ三回‼︎」

「ジャンプ⁉︎」


最後の力を振り絞り、子供たちの声援に合わせて跳び上がる。


1.2.3‼︎


歌が終わると、ステージは盛大な拍手に包まれた。


な、なんとかやりきった…。


膝に手をつき、鯛焼きが猫背になるのもご愛嬌。冗談ではなく、ゆるキャラには命がかかっているという西山の言葉を思い出す。


「お前は俺のこと嫌いかも知らねーけど、俺はこの博覧会を成功させたい。心からそう思ってる」

「…」

「だからあと少しだけ、力を貸してくれ」


熱い西山の思いが、熱苦しい鯛焼きの中に充満する。


「…わかった」


もう少しだけ。


もう少しだけ、この熱い鯛焼きの中に居るのも悪くはない____。


「それではアンコールにお応えして、もう一曲、踊って頂きましょう♪」


「へっ?」



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