【長編】戦(イクサ)小早川秀秋篇
複雑な思い
 桃配山に布陣した家康は秀秋の
鮮やかな手並みに感嘆し、戦わず
して勝利を得たことに安堵して
言った。
「おお、これで勝負あった。秀秋
殿の一番手柄じゃ。さすがわ惺窩
先生の愛弟子、兵法の真髄をみた
思いじゃ。わしの家臣にもあのよ
うな者がおればのう」
 松尾山のふもとに布陣していた
西軍の大谷吉継は側にいた湯浅五
郎から秀秋が松尾山城に布陣した
と聞き複雑な思いだった。
 吉継は秀吉の小姓となり秀秋が
養子としてやって来た時のことを
鮮明に覚えていた。秀秋が成長す
るとまるで年の離れた兄弟のよう
に読み書きや剣術も教え、鷹狩り
などに連れ出して遊んだりもし
た。どれほど成長したのか今は見
えなかった。その秀秋と戦うこと
になるのもさだめと心を切りかえ
た。そして部隊の一部を松尾山に
向けて警戒させた。
 三成と秀秋の関係も吉継と同じ
ようなもので兄弟同然だった。そ
れだけに秀秋には大垣城に入って
欲しかった。今となってはこの大
戦で自分たちの生き様を伝えよう
と考えた。

 慶長五年(一六〇〇年)九月十
五日
 関ヶ原の朝は豪雨が続いたため
薄暗く、台風並みの激しい西風が
吹いていた。
< 108 / 138 >

この作品をシェア

pagetop