【長編】戦(イクサ)小早川秀秋篇
 今、輝元は家督を六歳の秀就に
譲り、自らは隠居の身となった
が、大坂に留め置かれていた。
 このような状況の中、稲葉正成
が長門の毛利家を訪れても歓迎さ
れるはずはなかった。
 ようやく会うことができたのは
幼い秀就の後見人となっていた毛
利秀元だった。
「なに用か」
 全てを拒否するようにはき捨て
た言葉に正成は結論から話してみ
ることにした。
「はっ。わが殿は小早川の名を返
上したいと考えております」
「なんと」
「ご存知のようにわが殿は備前、
美作五十一万石の加増となりまし
た。その領地は荒廃しておりまし
たが、岡山城を改築し以前の二倍
の外堀をわずか二十日間で完成さ
せ、検地の実施、寺社の復興、道
の改修、農地の整備などをおこな
い早急に復興させました。これは
ひとえに今は亡き隆景様の家臣の
働きによるもの。殿はそのご恩に
報いるためいずれは小早川の名を
返上したいと常日頃考えておられ
ました」
 この時、正成はある秘策を思い
つき、とっさに真実を打ち明ける
ことにした。
「今、殿は何者かに毒を盛られ体
調を崩しております」
「なに、それは誠か。確かなの
か」
「はい。嘘偽りではございませ
ん。幸いと申しますか、殿には世
継ぎがおりません。そこでいっそ
このまま死のうかと」
「待て待て、毒を盛られていると
分かっているのなら治療はできん
のか」
「無理にございます。仮に治療で
きたとして、この世に生きる場所
などありましょうか」
「しかし、死を受け入れるとは」
「わが殿はまた蘇ります」
「……」
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