【長編】戦(イクサ)小早川秀秋篇
「その別人だが、すぐに家康殿に
は分かるのでは」
「はい。それでいいのです。わが
殿が生きていたということを知ら
せることでその能力も分かるで
しょうし、殿がひとり、捨て身で
現れることで家康殿には兵力で攻
められるという心配が消えます。
わが殿次第ですが、幕府の大きな
力となることも気づくでしょう」
「そうなってもらわなければ」
「先生にはご迷惑をおかけします
が、多くの家臣の生活がかかって
います。もう引き下がることはで
きません」
「分かった。私も殿には世話にな
り、わが学問のすごさを教わっ
た。なにか役に立ちたいとは思っ
ている。ところで別人にすると
いってもただの門弟では家康殿に
会わせるのは難しい。何か興味を
引くような者にしなければ」
「それはおいおい考えてまいりた
いと思います」
 備前、岡山城に戻った秀詮は、
人が変わったように狂いだし、城
下に出ては領民に罵声を浴びせ乱
暴を働いた。また鷹狩や釣りなど
をして遊びほうけ政務もおろそか
になった。しかし、そうした様子
を杉原重治は冷静に見ていた。
 ある夜、秀詮の寝屋に杉原は密
かに入った。
 秀詮は狂った振る舞いをするこ
とに悩んでなかなか眠れない日が
続いていたこともあり、機嫌がよ
くなかった。
「何じゃ、杉原か。こんな時分に
無礼な」
「はっ、お恐れながら、殿の先ご
ろの様子を拝見し、なにやらただ
ならぬものを感じました」
「ただならぬものとは何じゃ。
さっさと用件を言え」
「はっ、では率直に申させていた
だきます。殿は演技が下手にござ
います。それでは狂ったようには
見えません」
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