【長編】戦(イクサ)小早川秀秋篇
稲葉逃亡
 慶長七年(一六〇二年)
 岡山城は廃墟のように静まりか
えっていた。
「稲葉、稲葉、誰か稲葉を知らん
か」
 秀詮がそう叫んでいると現れた
のは稲葉正成の義理の子となって
いた堀田正吉だった。
「お恐れながら、稲葉は昨夜、退
去しました」
「退去。わしから逃げたのか」
「はっ。追っ手を差し向けましょ
うか」
「よい。その方はついて行かな
かったのか」
「はい」
「ところで、その方は杉原の子の
重季がどうなったか聞いておる
か」
「はっ。殿の命じられたとおり切
腹をさせたと聞いております」
「それは稲葉が執り行ったのか」
「はい。そのように聞いておりま
す」
(稲葉、うまく逃がしたか)
「それならよい。他の者に伝え
よ。わしのもとを去りたければい
つでも去れと」
「はっ」
「わしは少しめまいがする。医者
を呼んで来い」
「はっ」
 しばらく秀詮が寝屋で横になっ
ていると医者の曲直瀬玄朔(まな
せげんさく)がやって来た。
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