囚われロマンス~ツンデレ同期は一途な愛を隠せない~


「鏡の国のアリス」には、バンダースナッチっていう怪物が登場する。
その怪物は、すごく凶暴で〝この怪物を止めることは時間の流れを止めるくらいに難しい〟なんて言われているらしい。

咬みつかれたら最後、知識や記憶を食い尽くされるという。

小さい頃、それを読んだ時には怖いなぁとかそういう事を思ったりもしたけれど。
今は咬みついて、あの夜の記憶ごとすべて、この身体から消し去ってくれればいいと思う。

後悔しているわけじゃない。
ただ……逃げたいなと思う時はある。

あの、恐ろしいほどに魅力的な笑顔から。低く響きのいい声から。意地の悪い笑みから。
逃げ出したいなぁ……と思うのは結局私が及川にどうしょうもないほどに捕らわれているからで。

結局同じループから抜け出す事なんてできないと思い知る。

クルクルクルクル。
ひとりで空回ってるピエロもいいところだ。

「……華?」

大崎くんのしている仕事を見ながら、手元の伝票精査をしていた時、名前を呼ばれた。
声のした方向に視線を移せば、カウンターの向こう側、ロビーに立ってこちらを見る聡史の姿があって、驚くと同時に、う……っと少し困る。

まさか、大学時代の元彼とこんな形で再会するなんて思っていなかったから、どういう顔をしたらいいのか分からない。
それでも立ち上がりフラフラと近づくと、カウンター越しに聡史が笑う。

その様子に、ああ、変わらないなぁと気が抜けた。
気のいい笑顔は健在らしい。

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