大きな河の流れるまちで〜番外編 虎太郎の逆襲〜
第1章 初夏

僕の家族

6月の火曜日。夕方、部活を終え、自転車でマンションに戻る。駐車場の前でインターホンをならすと、
「ハイ、カウンターデスクです」と声がする。僕が返事をする前に駐車場の横の扉がゆっくり開き、
「虎太郎さん、お帰りなさい。」とインターホンから更に馴染みの声がした。マンションのコンシェルジュは数人いるが、どの人も僕の事を知っているようだ。僕は小さい頃から家の鍵を持っていない。家には母かお手伝いの八木さんが必ずいるからだ。セキュリティの高いマンションは、救命医の父が当直で夜間留守にするので、家族の為に選んだそうだ。今もセキュリティカメラで僕を確認して、自動で扉が開けられたって訳だ。家の駐車スペースには父の車が停まっているから、家にいるんだろう。面倒臭い。父は、きっと、学校生活はどうだって聞くだろう。今年の春、私立の小、中学校から、そのまま私立の高校に行かなかった僕を一応心配してるんだと思う。アイツ、リュウのやつから、公立の学校も考えてみろって言ったくせに、と思う。今までは、マンションの最上階(ペントハウス)に住む(まあ、その上に共用のラウンジがあるけれど)ひとつ年上の東野あやめと一緒に登校していた。もちろん、運転手付きの車で。あやめの家はトンデモナイ金持ちだ。幾つかの会社と、東野記念病院を経営している。その病院にリュウは勤めているしがない勤務医だ。けれども、実家が金持ちらしく、こんなマンションにも住めているらしい(うちはあやめの下のメゾネットタイプの部屋だ)。あやめと一緒にいると、周りの奴らに家来みたいに思われている気がして、面倒臭いし、私立の学校に通う奴らはけっこう金持ちを自慢している(親が金持ちってだけでお前らはちがう)勘違いヤローも多い。僕はリュウにどっちを選んでもいいよと言われて、外の世界も知りたくなったのだ。
マンションの1階のコンシェルジュカウンターのゲートを開けてもらい、20階以上に行くエレベーター(それ以下の階は別にエレベーターがある。セキュリティーの高いエレベーターだそうだ)の前に立つと、あやめが家の鍵になっているカードをかざして僕の隣に立った。
「今、帰り?」とあやめは僕の顔を見る。あいかわらず、日本人形みたいだ。母親の桜子さんにそっくりな大きな一重の瞳に、薄いけれど、キュッと口角があがっている赤い唇。眉の上でまっすぐに揃えられた肩まである髪はサラサラと、音を立てそうだ。ま、美人なんだろう。僕がうなずくと、
「最近、喋るの止めたの?」と、不機嫌そうに頭を振る。髪が頬に当たってくすぐったいから、その癖はやめてほしいと思いながら、
「そんな事はない」とぼそぼそ言う。
「今日、ナナコママからフルーツタルト焼いたって、LINE来てた。」とあやめはにっこりする。ふーん。フルーツタルトは俺も好きだ。ふと、あやめは
「チビ虎、また背が伸びてない?」と背伸びをする。とっくにあやめの背は越してますけど、
「チビはやめろ。俺、あやめよりでかいし」と文句を言うと、
「…とら?」とクスクス 笑って、
「年下なんだから、チビでいいじゃない」と25階で止まったエレベーターから、僕をおしだして、
「シャワーしたら、すぐ行くって、ナナコママに言っといて」と扉を閉めた。
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