大きな河の流れるまちで〜番外編 虎太郎の逆襲〜
8月になって退院の日が近づいた。
松葉杖を使って歩行する。結構力が必要なことが分かる。まだ夏休みだけど、学校の中の移動や、外を歩く事も出来ないといけないと思う。
院内をゆっくり、散歩する。昔はナナコのいた病児保育室や、リュウに連れられて、救急外来の休憩室に来ていた事を思い出す。周りにいた大人達は、みんな忙しそうにしていたけれど、どの人も良い笑顔を向けてくれたと思う。楽しそうなところだと思った事を思い出す。きっと、やりがいや、責任をもって働く事が好きな人が集まっている場所だったからかな。うちにいる大人達も毎日楽しんでるみたいだと思いながら中庭にたどり着く。日差しが眩しくて、蝉の声がうるさい。僕はベンチに座り、空を仰ぐ。
とうとう、医師になるって決めてしまった。
口に出したことについては、後悔はない。
ナナコは医師でなくても、あやめと一緒に生きていく事は出来る。と言って、あまり思いつめなくていいと笑ったけれど、まあ、やれるだけやって見ようと思う。
ぼんやりしていると、あやめが僕を探しに来た。
「すごく暑いんですけど。」とブツブツ言いながら、僕の隣に座る。僕はあやめの顔を覗いて、
「あやめ、好きだよ。」と言ったら、ちょっと、驚いた顔で、
「どうしたの?いまさら」と呟く。僕が
「ちゃんと言っておこうと思って。」と言ったら、あやめは、少し赤い顔をして、
「ちょっと、嬉しいかも。」と僕の顔を見たので、僕はあやめの首に腕を回し、唇にキスをする。きちんと、想いを込めて、深く唇を重ねる。あやめの舌をとらえて、絡めたら、あやめの体が強張ったので、唇を離すと、顔を真っ赤にして、
「馬鹿。」と逃げてしまった。僕はちょっとやりすぎたかなと思いながら、笑ってしまう。案外、あやめって、純情かも。
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