…だけど、どうしても


高木が仕事後に一枚の写真を俺の目の前でデスクに置いたのは、翌日のことだった。

「わかったよ、お前。間違いない。」

昨日のあの様子からして何か心当たりがありそうだったのは感じていたので、仕事の早い高木のことだ、すぐに見つけてくるだろうとは思っていた。

「カノちゃん。どうも聞いたことあると思ったんだ。東倉花乃ちゃん。この娘だろ?」

お見合い写真のコピーであろうその写真にすら、俺はもう胸を焦がされた。しばらく、振り袖を着て口元だけで微笑む彼女に見入っていた。

「お前とんでもないのに惚れたなあ。東倉商事の一人娘だよ。」

「東倉、商事…」

聞き覚えがあった。
写真の上に高木が書類をバサッと置いた。こんな書類までご丁寧に作成するなんて、どうも高木も高木で、らしくない。
腹の中はそのうち探ってやろうと、俺は今は黙ってそれに目を通した。それからため息をついた。

「あー、そうか…」

「恋路は前途多難だなあ。そりゃその娘も名乗りたがらないわけじゃないの。」

高木が嬉々としてそう言った。

古くから続く商社、東倉商事は現社長…つまり花乃の父親に代替わりしてから一度、大きな危機に直面している。それが十数年前、他でもない芹沢コーポレーションに買収されそうになった時だ。今も社長のポストを手放していない俺の祖父が仕掛けた。
たった一代で築き上げられた芹沢コーポレーションなど、由緒正しい商社である東倉商事から見れば、ただの成金で、買収など冗談ではなかったのだろう。猛反発にあって、結局祖父は諦めることになった。
俺はその頃まだ幼かったが、その出来事は社史にも残っている。

「だけど、うちが手を退いたって、どっちにしろもうそろそろ危ないんじゃないのか。商事なんて…」

「まあ没落貴族って感じだよなあ。家柄くらいしか残ってないんじゃないかって話だよ。今はなんとか持ち直してるみたいだけど。」

「ふーん…」

俺は頬杖をついて考える。
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