…だけど、どうしても

花乃が声の主の隣に俺が立っていることに気づき、目配せして笑いかけてきた。
会話を中断させられた青山は、しかし高木を見ると、和やかに挨拶を返した。

「これは、高木さん。去年の私どものパーティー以来でしたね? 毎回足をお運び頂き、ありがとうございます。」

「いえとんでもない。いつも素晴らしいパーティーで、大変楽しみにさせて頂いております。今日はうちの無精、次期社長を紹介しようと思ってお声をかけさせて頂きました。」

「ではこちらが芹沢コーポレーションの…」

高木が目を丸くして俺を見た。それはそうだ。こういう場にあまり顔を出さないと有名な俺がどういうわけか現れて、しかも一社員である自分に、同じ一社員であるはずの高木に紹介されるとは思ってもみなかっただろう。

「ええ、初めまして。経営管理部部長の芹沢と申します。」

俺は一旦グラスを高木に渡して名刺を取り出し、意識して艶やかな笑顔を作ってみせた。

「あ、失礼致します。私、リーアンジャパンの営業第二部におります青山と申します。高木さんには以前もお世話になっておりまして。」

青山も名刺を取り出す時に、そばのテーブルにグラスを置くよりも早く、花乃がさり気なく手を差し出しそれを引き受けた。良妻のごときその仕草に青山が照れているのがわかる。隣で高木が笑いを堪えているのが空気で伝わってきた。

「ご挨拶させて頂くのは初めてかな? 東倉花乃さん。」

高木がいけしゃあしゃあと花乃にそう話しかけ、今度は俺にグラスを二つとも預け、名刺を差し出した。上司であるはずの俺にあまりに簡単にグラスを持たせるので、青山が驚いている。

「芹沢コーポレーション経営管理部の、高木です。」

「お見かけしたことはありました。あなたが高木さんでしたか。」
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