恋する七夕 ~ピンクの短冊に愛を込めて~

身を滅ぼすような恋なんていらない。【健吾視点】


番外編(1)


【身を滅ぼすような恋なんていらない】 健吾視点



「ねえ先生。旅館とホテル、どっちがいいと思います?やっぱり温泉がある方?」


業務中だというのに、事務員の木田友里が甘えた声ですり寄ってくる。

木田が見ているのは、仙台で開催される七夕祭りの写真が表紙になっている旅行業者のパンフレット。適当な会話を重ねているうちに、いつの間に健吾は来月彼女と七夕の七つ飾りを見にいくことになっていた。

「七夕祭りの頃ってやっぱすごいんですねぇ。さすがに仙台周辺はもうどこも満室だったけれど、松島にはまだ予約取れそうなところいくつか見つかったんですよ。仙台から松島くらいまでならそんなに遠くありませんよね?仙台は観光だけにして松島に泊りません?」

木田はだいぶマメに旅行プランを練っているようで、パンフレットにも旅行ガイドにもそれこそ七夕飾りのような色とりどりの付箋があちこちに貼られていた。そんな様子からも彼女が夏休みに健吾と過ごすことを心待ちにしていることがわかる。

そんな彼女を見て健吾は思う。女に好意を持たれるのも、ちやほやされるのも嫌いじゃないと。

木田は好き嫌いがはっきりしたわかりやすい女で、恋愛もオフの日も積極的に楽しもうとするところは悪くない。悪くはないけれど、行く前からすでに彼女との旅行が億劫になりはじめていた。

確かに「七夕祭りを見に行こうか」などと先に言ったのは健吾の方だ。けれど健吾は彼女とは付き合ってるわけではない。社交辞令的な言葉を間に受けて、なんの恥じらいも奥ゆかしさもなくまだ恋人ではない男に堂々と旅行の相談をしてくる彼女の開けっ広さには正直引いていた。


「お部屋はちょっと奮発してもいいですか?もう安い部屋はどこも埋まっちゃってるみたいなんです」

木田は意味深に笑いながらそう耳打ちしてくる。当然取る部屋はひとつで、ホテルだろうと旅館だろうと木田はそれなりのグレードの部屋に泊まりたいとおねだりしているのだ。

意思表示のはっきりした女は嫌いじゃないはずなのに、女の顔をして微笑む木田になぜか苛立ちを感じてしまっている。とりあえずあれこれ言われるのも泣かれるのも煩わしいから、木田の気が済むまで話を聞き流そうとしているとすこし離れた場所から声がした。


「それじゃあいってきます」


視線を向けると、入社したばかりの新人の浅倉を引き連れて藤村千草が事務所を出て行くところだった。これから裁判所や法務局へ行って、いわゆる外回りの仕事を浅倉におしえようということらしい。


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