いい加減な恋のススメ



幸澤先生は私の方に顔だけ向けながら立ち止まった。彼の前に雨宮先生の姿はもう無かった。
私が「何か?」と顔を傾けると彼は「別に」と返事をする。この人、よく「別に」って口にするよな。

と、


「悪かったな」

「へ?」


いきなり言われたその言葉に私は鳩が豆鉄砲どころか銃弾を喰らったかのような顔をした。彼が謝るなんて、今までに1度も無かったのだ。


「な、なんのことですか」

「……急に指導入れちまったこと」


あ、朝のことじゃないんだ。いや普通そこは朝のこと謝れよ!私はそう心の中が荒れ模様であったが珍しい彼の態度に流されるままコクリと頷いた。


「た、ただ……これからは前から言っていてくれると、助かります……」

「おー、分かった」


な、何かやりづらいかも。だっていつもの幸澤先生じゃないんだもん。こういう雰囲気になるんだったらもうからかわれる方がまだマシかもしれない。
しかし、何でいきなりそんなこと言い出すのだろうか。いつもの彼ならそんなこと全然気にしないはず。


「あ、会議行かなくてもいいんですか?」

「行く」

「……」


なかなかその場から離れない彼に私は無視することが出来ず、暫くするとやっと彼が動き出した。

そして、


「誰かと飲みに行く約束してたんだったら悪かったな」


とだけ言って、彼は教室を出ていってしまった。

誰かと、飲みに行くって……まるで私が小田切先生とご飯に行くというのを知っていたかのような口調だった。だから、わざといきなりここまで連れてきたかのように……


―――「わざとかもね」


ふっと小田切先生に言われた言葉を思い出し、ナイナイと慌てて首を振った。ま、まさか幸澤先生がそんなヤキモチみたいなこと妬かないでしょ。こんな元教え子相手に。


「(……馬鹿か、私)」


何を嬉しく思ってるんだ。



< 68 / 263 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop