もう君がいない


「せっかくだし、今からお散歩する?」

そう提案すると、


「行く。」

待ってましたと言わんばかりに、即答する蓮。


本当に、今日の蓮は子どもみたい。



看護師さんに車いすをお願いし、

車いすに座った蓮の足に、ブランケットをかけると、


「あったけー。」

って、嬉しそうに笑う。



私が車いすを押し、病院の中庭に出ると、

春のような温かな日がさしていた。



「もう春だな。」

「そうだねー。」

「桜、見たいなぁ。」


何気なく、蓮の口から出た言葉に、

私は胸をぎゅーっと掴まれたような感覚。



もうすぐ春が来る。

もうすぐ桜が咲く。


そんな、毎年訪れる、当たり前のこと。


でも、当たり前なんかじゃなかった。


少なくとも、今の蓮にとっては、

”桜が見たい。”

たったそれだけの願いさえ、叶うかどうかわからない。


不確実な、未来。


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