【詩的小説短編集】=想い=
切れたズボン
切れたズボンをじっと見つめた私の頭には、あの時の出来事が浮かんでいた。


数年前のこと…………。



「好きだよ……」


そっと、後ろから抱きしめた彼が、意味の薄い言葉を耳元で囁く。


都会の片隅の小さなハコの中で、私達は愛をむさぼり合った。



愛の矛先は、お互いに違うけど、あの時、私達は確実に重なり合っていた。



……………。



『その日に切れちゃったんだよね。このズボン……』



今となっては、もう部屋着としか機能をしなくなってしまったそのズボン。



当時付き合っていた彼にフラれた、その淋しさを埋める為だけに会っていた男性(ヒト)。



夜中に車を飛ばして、会いに行っていた私。

そういえば、会った瞬間に車窓から私、Kiss……したんだよね。




写真も、メールも、電話番号すら彼に関するものは何一つない。



だから、記憶の中の彼しかいない。



唯一の思い出、このズボンの切れ目を見る度、彼を思い出すのだろう。



そして、1番落ち込んでいた私を救ってくれたあの時間を噛み締めるだろう。



ありがとう。



私の青春。



ありがとう。



切れたズボン。



そして



今日、さようならをする。




=fin=



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