吸血鬼の翼


微かな月明りだったが『それ』は十分に映えている。

月を背にした少年は酷く綺麗で美月は目が離せずにいた。

……。

羽?翼?
美月はその少年の背中についていたモノの正体を知って思わず、絶句してしまった。

吸血鬼―。

それしか頭に浮かんで来ない。

さっき血を欲していたし…。


「…この世界には、こんなの付いた奴いない?」

「………」

少年にそう問われ、美月は何も答えられなかったが、取り敢えず頷いてみせた。

吸血鬼なんて、テレビや映画、小説に出てくるだけの架空の存在だ…

すると少年は溜め息をつき、額に手をつく。

「…そうだよなぁ」

失態だ。という様に少年は顔を曇らせた。
美月はただ驚くばかりだった。
まさか『こんな人』に会えるとは思いもしなかった。

今まで平凡に暮らしていた私にとって、少年は『刺激』そのもので…。

そんな余計な事ばかりが頭の中をよぎっていく。

「…本当にゴメン。俺、驚かせてばかりだ…」

そう言った少年はどこか寂しく見えた。
美月がその様子に目を奪われていると急に少年は立上がり踵を返した。

「迷惑だろうし…行くよ」

少年は翼を広げてそれを前後に羽ばたかせる。

これでいいのだろうか…

本当にこんな終わり方でいいのだろうか…

「待ってっ…!!」

美月は無意識に少年の服の裾を引っ張ていた。
少年はそれに呆気にとられてこちらを見ている。

その状況に気付いた美月は何だか恥ずかしくなり顔が真っ赤に染まる。
次第に急激に体温が上がっていくのを直に感じた。
そんな自分に動揺しながらも、赤面している顔を下に向け口を開く。

「あなたの名前は?」

「…イルト」

外国から来た人なのだろうか…。
変わった名前だ。
美月はその名前を呼ぶ為に口を開いた。

「イルト!あなた行く宛てがあるの!?」

すると美月の問いに答える様に首を横に振った。
反応を確かめた美月は更にイルトの服の裾を引っ張る。


「だったら…私の家においでよ!」

未だ夜中なのに、美月はそれを忘れて叫んだ。


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