猫系男子の甘い誘惑
 そうやって、むくれてみせるのが少し愛おしいとさえ思ってしまう。彼に、特別な感情なんて持っていなかったはずなのに。

「ねえ、倫子さん。そろそろドレス用意したりするんでしょう?」

「用意はするけど……この間言ってた真っ赤なのは買わないからね」

 新郎同僚が必要以上に目立つ格好で参加するのはいかがなものか。手持ちの黒いドレスで参列する予定でいる。裏切られた恋心の葬式だと思えばちょうどいい。

「だめだって。倫子さんは、うんと綺麗にしていかないと――男ってね、自分と別れてから綺麗になった方が絶対後悔するんだって」
「……そんなもの?」

 復讐――そんな気持ち、どこに行ってしまったのだろう。たしかにかつては、激しい復讐心を持っていたはずなのに。グングニル、なんてご大層な名前を持った槍になぞらえてまで。

「うん。だから、選ぶ時は俺も連れて行って。倫子さんが、最高に綺麗に見える一着を見つけて見せるから」

 その言葉に、倫子はうなずくことしかできなかった。
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