猫系男子の甘い誘惑
 地下一階に用意された更衣室に向かって階段を下り始めると、背後から名をかけられた。

「倫子!」
「何?」
「……あ、ごめん。っていうか……来てくれて、ありがとう」
「同僚だから、当然でしょう?」

 思っていたよりも、自分の声が冷淡に響く。そう、彼との関係はとっくの昔に終わっていた。

 終わらせることができなかったのは、倫子自身の執着のせい。

「……ん、そうだな」
「ほら、さっさと行きなさいよ。新婦放置してちゃだめでしょ」

 うなずいた、敦樹は踵を返しかける。だが、思いきったようにもう一度振り返った。

「今日は、すごく綺麗だ」
「……それは、新婦に言いなさい」
「そう――だな」

 気まずそうな顔になって立ち去りかける敦樹を、今度呼び止めたのは倫子の方だった。

「敦樹――」

 背中に呼びかけた理由は、わからなかった。

「お幸せに!」

 あの時、封じた言葉を、今は素直に口にすることができる。肩越しに振り返った彼は、小さくありがとうと言うと、急ぎ足に姿を消した。
 
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