華子(なこ)

克彦

なこの後について病棟のエレベータに乗る。
「なぜ結婚しないの?」
「それどころじゃなかったのこの5年間は」
急になこの顔が曇った。エレベータの扉が開く。

黙したまま少しうつむき加減になこの後に続く。
ナースステーションを過ぎ緊急治療室の手前に
個室が二部屋あってこちらは空室。

『こっちか?』
なこが静かに戸を開ける。
「パパただいま!おじさんが来たよ」
看護師さんが入れ代わりに出ていく。

中央にベッド。窓際に沿ってたくさんのモニターが並ぶ。
ベッド上部に点滴と痛み止めらしきビニール袋が宙に浮く。
そこに、酸素吸入マスクをかぶせられた克彦が
枕と布団を抱きながら体をくの字にして横たわっていた。

「克彦!おーい!」
耳元で叫んだ。何の反応もない。また叫ぶ。
目を閉じ口は開けたままで息を吸いかけては、
ふっと息を吐き切り胸がかたぐ。

「この画面は一番上が脈拍、これが血圧、酸素、一番下が呼吸です」
なこがモニターの数字を指さす。
「一番変動があるのは酸素吸収率で健康な人で95%。50%を切ると
危篤です。昨晩50を切りました。今は65で安定してますが・・・」

「意識は全然このまま?」
「もう戻ることはないそうです」
「そうか。克彦ー!おーい、克彦!」
治はもう一度大きな声で叫んでみた。
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