姉の思い出 短編集
持ち合わせ



息が白い。寒さに凍えながら待つのは辛い。

手袋をしない手がかじかんできた。


暖かい場所で、あたたまる飲み物を取りながら待ったほうがいい。

分かっているのに、気持ちはここから離れられなかった。



観覧車のイルミネーションが点滅する。時刻を確認して、ため息ばかり増える。
かじかむ手を温めるようにして、これはため息じゃないと言い聞かせている。…手を温めているのだから。


君に会いたい。



その日もいつもと変わらない一日だった。
待ち合わせして、デートして二人で笑いあった。

君が笑ってくれるのが嬉しくて、いつも楽しい話題を探していた。

変わらずに過ぎていくはずだったのに…



「じゃあね」



そう別れた後ろ姿ばかり思い出す。


あの時、引き止めていたら君を失うことはなかった。
ほんの些細なこと。偶然が重なっただけなのに、僕は君を失った。



時間だ。

かさりと花束のセロファンが音をたてる。

かさ、かさ。

君は別れてから、すぐに天国へ向かってしまった。

真っ白い衣装はウエディングドレスだけでよかったのに。



僕に連絡がきたのは、友達の結婚式の余興を打ち合わせるのに、合流してすぐだった。



暴走、事故、巻き込まれた……切れ切れの言葉しか残っていない。

認めたくなんかなかった。


緊迫した電話の様子に、その場が静まりかえっていた。

いままで、つぎはお前じゃないの、そんな軽口を言い合っていたのに…

何か言ったとは思う。

そして、言われたはずだった。


気持ちは彼女のことでいっぱいで……何も覚えていない。



大きな通りの交差する横断歩道。

君は最後に何を見たのだろう。



遠くから見て、いつまでも横断歩道を渡らない人影があった。

二度、三度信号は変わる。
誰か待っているのか…

花束を抱えた人間が、そこに花束を供えたら不快に思うだろう。

予定時刻を越えてしまう。



彼女が苦しんだ時刻に、そこに居てやりたかった。

意を決して向かうことにする。



できるかぎり近くに……



不意に携帯が鳴る。

彼女の好きだった曲をタイマー設定していたからだ。
今日を、この時間を忘れないように。

佇んでいた人物がぱっと振り返った。



それは意外にも、見知った顔だった。

彼女は会社の同僚で、以前話したことを覚えていてくれたらしい。

気が付けば足元には、花が供えられていた。

「ありがとう。覚えていてくれたんだ」

年々寂しくなる。

友達からの花もだんだんと少なくなり、忘れられていく……

それは、いいことなのに、薄情だと思う自分もいる。


「まだ好きなんですね」

彼女が僕を見て言った。

「うん。永遠に好きだ。もう嫌いになんてなれないだろ」

もう喧嘩もできない。

抱きしめることも、声をきくことも……

あの笑顔も見ることができない。



「わたし藤谷さんのことが好きです」

真っすぐな眼差しだった。
なんとなく気づいていて、はぐらかしていた。

まだ、こんなにも死んでしまった恋人を愛していた。
気持ちに応えられるだけの余裕がなかった。

僕の中はいまだに彼女でいっぱいだったから。



「忘れなくていいの。ずっと好きで。でもあたしのことも気にして欲しくて…」

いつも明るくて、まわりを楽しくさせていたこの子から初めて聞く、弱気な声だった。

「ここにいたら、亡くなった彼女さんのこと少しでもわかるかと思ったけど……全然ダメでした」

コートの衿を寄せる。

「ひとつわかったのは、物凄く寒いってことです」

僕から花束を取り上げると、自分の用意してきた花束に並べて供える。

「わたし、諦めません。彼女さん、聞いていたら、許してください。……彼は……幸せになっていいと思いませんか」



さあっと風が吹いた。

懐かしい香りが、鼻をくすぐる……

彼女の好きだった香りに包まれて、その手にそっと背中を押された気がした。

涙がとめどなく流れ落ちる。君は聞いていたんだね。

いつも一緒に居てくれたんだね……

忘れられない。

好きなんだ、今でも。



でも、自分の想いが君を縛り付けて安らげないのなら、この苦しみが君も苦しめる。





「今までありがとう」


「さよなら」

また会おう。

いつか君のそばにいけるまで、僕は生きていくよ。




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