ヒーローに恋をして
さよならの思い出
「カット! はいオーケーはいチェック―」

 城之内の声が響いて、桃子は体の力をふっと緩めた。途端にたくさんのスタッフが、桃子のもとへと走り寄ってくる。メイクスタッフが子どもの肌に躊躇なくファンデーションを塗り重ねて、髪の生え際に浮き出た汗を拭う。特殊な素材でできている衣装は通気性が悪く、そのくせ叫んだり走ったり回転したり、ミニバスの試合並の運動量だ。だから収録はいつも汗との戦いだった。

 少し離れた場所で、城之内がスタッフとカメラを囲んで映像のチェックをしている。そのすぐ後ろに張られたロープの向こうで、大勢の子供とその母親たちが撮影を見ようと首を伸ばしていた。ADが、少し下がってください、と声を張り上げている。

 いるかな。

 全身をチェックされながら、視線だけをロープの向こうへと向ける。様子に気がついたスタッフの一人が桃子を見た。
「どうしたの」
「うん、あのね」
「トウコちゃん」
 割ってきた声に顔を上げると、プラネット役の青葉が立っていた。桃子と同じ、青地に白い星のくり抜きが胸元にあるモビルスーツ。金色と青の凝ったデザインのベルトをつけている。

 青葉はニヤッと笑うと、桃子の頭をぐしゃりと撫でまわした。
「長台詞、噛まなかったな。えらいえらい」
「いま直してもらってるのに」
 かき回された髪に文句を言うと、青葉は歯並びの良い歯を見せて笑った。

 十八歳の青葉は、桃子が現場に入るまで出演者の中で最年少だった。年下の共演者が嬉しいのか、なにかにつけ桃子をかまう。黙って立っていると大人びた顔をしてるのに、こんな風にからかってくる姿は少年のよう。そのギャップが良いらしく、子どもたちはもちろん、その母親にも大人気だった。今もロープの向こうからは、青葉の名前を呼ぶ黄色い歓声が上がっている。

 桃子と青葉のやりとりを見ていたスタッフがクスクスと笑う。
「仲良いわねぇ」
「キョーダイなもんで」
 青葉が笑って答えるのも、いつものことだ。釣り目がかった二重の目。品を感じさせる薄い唇。それらの特徴は桃子と同じで、並んで立つと二人は本当の兄妹のように見えた。青葉をはじめて紹介されたとき、どうして自分がスカウトされたのか、その理由がすぐにわかった。
 プラネットの過去の少年、シュン。シュンを演じる桃子は、プラネット役の青葉にそっくりだったのだ。

 桃子はもう一度ロープの後ろを振り返った。桃子と目が合うと、子どもたちが興奮したように手を大きく振る。通りがかる人たちも、興味深げな顔で立ち止まっている。列の後ろにいくつもの列ができていて、そこにいる一人一人をじっと目で追った。

 やっぱり、いない。

「誰か探してるの?」
 青葉の言葉に、黙って頷いた。

 今日は桃子の通っていた小学校近くでのロケだった。ロープの後ろで手を振る子どもたちの中にも、桃子がつけていたのと同じ校章の名札をしている子たちがいる。その集団の中からコウを探していた。

 ひさしぶりに、こうちゃんに会いたい。

 そう思って数日前から、ここに来てほしいと母親に伝言を頼んでおいたのだ。

 もう長いこと、こうちゃんに会ってない。

 隣に住んでるのに、遠い街に引っ越してしまったみたいだ。ただでさえ、小学校と中学で離れてしまったのに、わずかな空き時間は全部収録にとられている。学校に行って、宇野に現場まで送ってもらって、そのまま家に帰される。その繰り返し。

 こうちゃんに見てほしくてヒーローになったのに。ヒーローになった途端、こうちゃんの顔も見れなくなってしまった。なんてことだろう。
 
 黙って群衆を見つめる桃子になにを思ったのか、青葉はよし、と頷くと
「トウコちゃん、ほら」
 言うなり、ひょいと桃子の腰を抱えて胸に抱きあげた。近くにいるスタッフが驚いた声を上げ、なにしてんのぉと笑った。野次馬たちがどよめく声が聞こえ、写真撮らないでください、とADが声を張っている。

 ポカンと青葉の肩に手を置いた桃子を、青葉は見上げて笑った。
「探してみな。会いたい子、いるかもよ」
 その言葉にそっと周囲を見渡す。青葉に抱きあげられて見る景色はいつもより高く、新鮮な景色に胸が高鳴った。

 そしてその人垣の中、一番後ろの端から二番目に、彼はいた。
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