ヒーローに恋をして
 片足の膝下に白い包帯が巻かれている。松葉杖を突いたユリアが、にっこり笑って立っていた。
「私もこの上のスタジオで録りがあったんですよぉ」
 驚いて近寄るスタッフに向かって、だから顔出しにきちゃいました、と笑う。コウを見ると、コウ君元気ぃ? と無邪気に問いかけた。

「あの、怪我は大丈夫なんですか」
 面食らいながらも尋ねると、
「折れたっていってもヒビだから、見た目大げさですけどそんなに痛くないんですよ。まだこれから別の仕事だし」
 そう言って強調するように包帯が巻かれた足を前に押し出した。
「それより」
 くすりと笑う。赤過ぎない絶妙な朱色の口紅が、ユリアの白い肌に映えて独特の色気をつくっている。

「私の代わり、マネージャーさんがやったって聞いてたんですけど。調子悪いらしいですね」
 その言葉にユリアの近くに立つ林が、気まずげに目を伏せる。ユリアは軽やかに笑って、
「やっぱりマネージャーさんには荷が重かったですよね。怪我してでも私がやったほうがよかったかなぁ?」
 なにも返せず、目を伏せる。 

 マリコの言ったとおりだ。
 代わりなんて、いくらでもいるのだ。

「大丈夫ですよ」
 気負いのない声が隣から聞こえる。ふわりと笑う気配。

「うちの有能マネージャーは、俺のあこがれる役者でもあるんです。だから絶対、大丈夫です」
 力強く、それでいて優しいコウの声。俯いていた頬が、またじわりと赤くなる。

 うそつき。
 変だって、言ったくせに。
 あこがれる役者なんて、ひどい嘘だ。

 どこまで嘘かわからない。
 それなのに庇われて、心が勝手に緩んでしまうから、困る。

「へぇ~。まぁそれはどうでもよくって」
 ユリアはコウの言葉を軽い口調で流すと、コツ、と松葉杖を突いて一歩前に近づいた。
「今日はね、コウ君に用があって来たんです」

 問うように見返すコウに、ユリアはきれいな歯並びを見せて微笑みかける。
「ちょっと二人で話さない?」
 同性の桃子から見ても、魅力的な笑顔だった。日本中のグラビア誌を飾るはずだ、と思う。
 眉根を寄せるコウがなにか言うより早く、林が「いいよいいよ」とコウの肩を押した。コウは一瞬抗議するように林を振り返って、それから諦めたように浅く頷いた。
「わかりました」

「ちょっと」
 離れたところで様子を見ていたマリコが苛々したように林を見る。
「なに好きにさせてるのよ。収録押してるわよ」
 林が小さく頭を下げながら、
「すみません。でも今ユリアちゃんの事務所、代役を自分とこから出さなかったことでかなり」
 コレ、と言いながら顔の両脇で人差し指を立てた。鬼のツノだろうか。ポーズが古臭い。
「今ね、ご機嫌損ねると厄介なんですよ」
 困ったように笑う。

 桃子は手近な椅子に座って、隅で話しているユリアとコウを見た。なんの話をしてるのか、ユリアは楽しそうに笑っている。
 並んで立つ二人はとても似合っていた。大きなスクリーンで、この二人が見つめ合う姿はきっと画になったはずだ。

 マネージャーさんには荷が重かったですよね

 ユリアの言葉を思い出して、胸の真ん中が重たくなる。けど。

 やるしかないんだ。

 並ぶ二人を視界から押しやって、捲り跡がついた台本に目を落とした。
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