ヒーローに恋をして
「なんか、キラキラしたとこですね」

 宇野が連れていってくれる店はその時々でちがった。完全個室の割烹の時もあれば、エスニック料理、創作料理の店、かと思えばチェーン店の居酒屋の時だってある。高級な店は大体接待の下見を兼ねていたけど、この店はそういう感じでもない。

 都庁をすぐ近くに見る、三十階建てのビルにあるバー。全面ガラス張りの窓からは都内の夜景を一望でき、窓に沿うようにペアシートが点在している。奥にはボックス席が複数あって、客同士のプライバシーが保たれる適度な距離が空いている。コの字形になっているハイチェアのカウンターの中で、バーテンがシェイカーを振る音が聞こえた。

「ここ誰の店だと思う?」
 わかるはずがない。さぁと首を傾けると、宇野はニヤッと笑った。すぐ近くを通ったソムリエエプロンをつけた女の子に声をかける。
「オーナーいる?」
 女の子はハイと頷いて奥にある厨房に向かった。ほどなくして一人の男が現れる。

「あー宇野さん。ようやく来てくれた」

 にこやかに笑う三十歳くらいの男。蝶ネクタイに黒ベストと同色のロングエプロンが、背が高いから似合っている。薄暗い照明でも充分に顔が整ってることがわかった。

「けっこう人入ってるじゃない」
「おかげさまで。皆忙しいなか来てくれてね、ありがたいですよ」
 男は笑みを浮かべたまま視線を桃子へとずらした。宇野が桃子を顎で示して、
「ウチのトウコ。久しぶりでしょ」
「え?」
 男と桃子が同時に言う。先に反応したのは男の方だった。
「あー、トウコちゃん!」
 男は甘い顔を破顔させて、桃子を覗きこむように身をかがめる。
「うわーわかんなかった! 大きくなったなぁ」
 親戚のおじさんのような言葉を吐いて、男が桃子の両肩を引き寄せた。うわ、と思う間もなく抱き寄せられる。嗅ぎ慣れない香水とタバコの匂いが白いシャツから香った。

「え? え?」
 面食らって男と宇野を交互に見ていると、宇野が笑いをこらえるように口元を手で覆った。
「トウコ。そのひと青葉さん。覚えてるだろ?」
「え?」

 あおば。あおば。頭の中で繰り返して、もう一度男を見上げる。釣り目がかった二重の目。品を感じさせる薄い唇。
 
「……青葉さん?」

 目の裏に浮かぶ、青地に白い星のくり抜きのモビルスーツ。金色と青の凝ったデザインのベルト。 

 かつての仕事仲間は笑みを浮かべて頷いた。桃子の肩に手を置いたまま一歩後ろに下がると、桃子をまじまじと見る。
「やっぱトウコちゃん女の子だったんだね」
 そうだよなぁ、とひとりごちる青葉に笑ってしまう。そう思うのも無理はない。撮影の間中、ずっと桃子は少年の格好をしていた。青葉の記憶ではトウコは最早男の子なんだろう。
 思い返せば青葉はけっこうスキンシップが多かったけど、それは桃子を女の子だと思ってないからこそできたものなのかもしれない。

 桃子を見つめながら、青葉が顎に手をあてて頷いた。
「うん。いや、うん。驚いた。フツーにかわいい」
「なに言ってるんですか」
 その言葉にまたも笑った桃子に、宇野も言う。
「そういや、前より肌艶もいいんじゃないか」
 はだつや。おもわず肌に手をあてる。

 ももちゃんもう二十五なんだからさ。カメラの前に立つなら、ちゃんとケアしないと

 そう言って頬に触れた、あの、ゆび。

「最近、ちょっと手入れしてるんで」
 あのモデル上がりの男が言ったことに影響されてるわけじゃない。
 ただ、予定が狂ったから。カメラの前に立つことになったから。
 出るからにはちゃんとしよう。そう思った、それだけだ。
 
 だから、今触った頬が少し熱をもった、そんなのは気のせいなんだ。
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