ヒーローに恋をして
興奮した記者たちの質問攻撃がようやく終わりを見せたときには、武井とユリアの姿はなかった。
 翌日のスポーツ紙の三面はどこもそろって二人のキスシーンを記事に使い、結果的に映画の大きな宣伝となった。

「じゃあよかったじゃん」
 開き直ったのか、悪びれずに言うコウに宇野が雷を落とす。
「これからの仕事のことも考えろ! スキャンダラスなイメージばっかじゃ仕事来ないぞ」
 宇野は乱暴なしぐさで胸ポケットからシガレットケースを出す。桃子が灰皿を引き寄せると、
「いや、やっぱりいい」
 思いなおしたようにケースを再びしまった。

「禁煙ですか?」
 尋ねれば宇野は首を横に振って、
「おまえらの前で、吸うのはやめた」
 それって、とこの間のマリコの言葉を思い出す。宇野はなにかを堪えるように長い息を吐いて、
「二人にはがんばって稼いでもらわないとな。あの親子に小さい事務所なんて、もう言わせない」
「親子?」
 誰のことかわからず問い返すと、知らないのか、と宇野が言った。
「武井さん、ユリアのお父さんだよ」
「え!」
 予想外の発言に大きな声が出た。コウも知っていたようで、うんと頷いている。
 
ぽかんと口を開けたまま、武井の顔を思い出す。歳の割に整っていた顔。言われてみればユリアと似てなくも、ない。

 でもそうか、そういうことなのか。

 思い返せば、ユリアの言動はただの所属アイドルの域を超えていた。よその事務所に乗り込んできたり、記者会見に着いてきたり。アイドルというより社長秘書のようだった。
 
 ぜんぶ、お父さんのためだったんだろうか。

 そう考えれば、辛辣な言葉の数々もちがう捉え方ができそうだった。

「大丈夫だよ」
 ふいに手をぎゅっと握られた。
「俺たちで、この事務所今よりもっと、デカくしてやるよ」
 ね、と間近で見る彼の笑顔。

 ああ、コウが帰ってきた。
 実感して握る手の指を指に絡めた。

 ずっとヒーローになりたかった。
 だけどヒーローじゃなくても。
 二人一緒なら、できないことなんてない。そんなふうに思えた。
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