レインボウ☆アイズ

幸せ

俺は駅のホームで、昨日のことを思い出していた。
とろけるようなキスの後、ひとしきり抱き合うと、咲葉さんは
「じゃ、明日学校だから帰って。」
とサッパリ言って、俺は家を出された。
最後までダッシュするつもりだったのに…。
あの時、次はどうしたらいいのか考えてたのが、いけなかったな。
今日帰ったら研究しよう。そう思っていたら、咲葉さんがやってきた。
「おはよう、敦哉…。」
『やっぱり照れるなー…』
咲葉さんは可愛く笑いながら言うのに
「咲葉…さん…。おはよう…ございます…。」
俺は、とんでもなくぎこちない挨拶を返してしまう。
恋人同士なんだから、敬語はやめて名前も呼び捨てにしようって言われたのに…。
「やっぱり無理かあ。」
「はい…。」
「敬語も無理そうだね…。」
『可愛いからいいけど』
「そのうち自然に変わるよ。」
そう言って笑う咲葉さんと、乗車待ちの列に並ぶ。
こうして電車に一緒に乗れるのは、いつまでなんだろう。
昨日はなんだかんだ言って、そういう話ができなかった。
「咲葉さんは、いつ大阪に行くんですか?」
寂しい気持ちを抑えて、俺は聞いた。
「とりあえず考えて、って言われただけだから、詳しいことは全然聞いてないんだ。
 でも、早ければ来月からかなー。…今日聞いてみるね。」
『寂しいなー』
寂しいのは俺だけじゃないんだな。
咲葉さんは言ってくれないから、心の声が聞こえると安心する。
「…今日も駅で待ってていいですか?」
少しでも長く一緒にいたい。それで…またキスしたい。
そう思っていると電車が来たので、二人で乗り込む。
ドアに寄りかかって俺を見ると、咲葉さんは目で言った。
『だめ。今度こそ最後まで止められないから。』
「大丈夫です…。」
止める必要ないです、って言いたいけど、電車の中では恥ずかしい。
きっと誰にもバレないんだろうけど…。
そんな俺に構わず
『敦哉、寝られなくなっちゃうよ。』
咲葉さんはいたずらっぽく笑って、心の中で言いたいことを言う。
寝られない、か…。
それはそれで楽しみだけど、ちょっと緊張してきた。
そんな状況になったことがないからなあ…。どうなってしまうんだろうか。
うつむいていると、咲葉さんが俺の顔を覗き込む。
『…拗ねた?』
心配そうな顔で俺を見ている。
「いや、あの…。緊張して…。」
思わず俺が言うと、咲葉さんの顔が緩んだ。
『襲いたくなるから、そういうこと言うのやめて?』
何故そう思うのか、いまいちわからないけど…。
照れ笑いしていると、咲葉さんが俺の左手を両手で握って、指を絡めてきた。
『仕方ないから、これで我慢するー。』
拗ねたような声が聞こえたので
「すみません…。」
と思わず謝る。
また咲葉さんは笑って、満足そうに俺の手を握った。
…やっぱり今日、最後まで行きたいなー…。
でも…なんて言おうか。今日、最後、行きたい…。
どうやって言葉を組み合わせても、エロい文章にしかならない。
困っていると、電車は駅に着いてしまった。
咲葉さんと手をつないだまま、電車を降りる。
俺は思いきって、もう一度言ってみた。
「今日…家に行きたいです…。」
色々付け足して言いたいけど、やっぱり駅のホームじゃ言えない。
「うん…。」
咲葉さんは笑って言うけど、
『敦哉って、結構しつこいよねー』
心の声は辛辣だった。
『考えとくね。』
咲葉さんは目で言って笑う。
「よろしくお願いします。」
俺は丁寧に頭を下げた。
「まったく…可愛いんだからー。」
心の声じゃなく、咲葉さんが声に出して言ったので、なんだか嬉しくなってしまう。
この幸せがいつまでなのかわからないけど、とにかく俺は今、幸せだ。
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