十一ミス研推理録 ~自殺屋~
9.謎の色
 学校帰りに、自殺屋事件の調査で現場に足を運ぶのが日課になりはじめていた。すぐにでも解決してしまいたいが、自殺屋の正体はつかめないままだった。
「今日はどこに行くの?」
 まるで探偵助手のような口ぶりで裕貴が言う。だが、裕貴が助手の能力すら備えてなくても、十一朗は誰よりも裕貴であるほうが心強かった。
 十一朗は一枚のメモを取り出した。目的の場所近辺の地図だ。
「貫野刑事は第一の公開自殺事件の影に潜んだ謎の男、他の刑事は久保がサイトで接触した人物を追っているから、俺は違うところに行こうと思っている」
「違うところ?」
「ああ、第二の公開自殺の現場」
 もし自殺屋が一連の公開自殺に関わっているのなら、次にちかいのは第二の事件と考えた。

【十二年間、必死に尽くしてきました。残念です。
 私の死で、社の方針が代わってくれたら……それが願いです。
 みなさんさようなら。お元気で】

 その遺書と自らの最期をホームページに公開して自殺した、会社員男性の自宅に向かう。会社員男性の自宅の住所は、既にネット内で有名になっていた。
 男性が自殺した直後に、彼の妻子が逃げるように引っ越したからだ。
 辿り着いた場所には数件の荒屋が並び立っていた。取り壊し前なのだろうか、何件かは立退いたようで人の気配を感じない。
「まだここにもこんな借家が残ってたんだ……なんか昭和って感じだね」
 裕貴が一件一件の表札を見ながら言う。
 目的の家屋は一番奥の西側――冷たい空気の流れる場所にあった。ポストに表札があるが、ペンで書いた文字が滲んでいて、ようやく読み取れる感じだった。
『月芳(つきよし)』第二の公開自殺を行った、会社員の苗字に間違いなかった。
「なんで引っ越しちゃったのかな……やっぱり、身内が自殺した場所から離れたかったとか」
 裕貴の呟きを横に十一朗は周囲を見た。数軒先に洗濯物を干している家がある。ちょうどそこの住民が、帰宅したところだった。
「すみません。ここの家の方は引っ越されたんですか?」
 住民に向かって話しかける。事件のことを聞かされていない知人を装った。
 声に振り返ったのは、小太り――いや、少しふくよかな中年女性だった。しかもかなり人がいいのか、自分からこちらに近づいてくる。
「あら、知らないの? そこのご主人、首を吊って自殺したのよ。しかも公開自殺なんてしてさ……警察もいっぱいきて、大変だったんだから」
 訊いてもいないのに、全てを漏れなく提供してくれる。情報通のおしゃべりさんだ。
「自殺……ですか?」
 十一朗の惚けた問いに、「そうよ」と言った女性は、手を振りながら答えた。
「リストラされたのが理由らしいわよ。もうねぇ……仕事がなくなった後、ご主人荒れちゃって、奥さんと子供さんに凄い暴力振るってさ。毎日のように奥さんの悲鳴が聞こえてたっけ……息子さんは高校生だったんだけど、その声も聞こえていたしねえ。「もう我慢できねえ。ぶっ殺してやる」とか……だから自殺したって聞いた時、私は奥さんのほうかと思ったのよ。だってご主人は息子さんに「絶対に死んでやらねえ」って叫んでいたから」
 抑えこんできた雑談欲求を一気に解放した女性は、大きく肩を揺らした。まだ何か聞くことある? と、いうような目でこちらを見ている。
「引っ越し先って、わかりますか?」
 十一朗の問いにすぐに反応した女性は、「ちょっと待って」と言うと、家の中に消えた。家の中から、「あれ、あれ。どこに入れたっけ」という声が聞こえてくる。
「あっ、あった」という歓喜の声とほぼ同時に、女性が何かを持って飛び出してきた。
「行くならついでに届けてくれない? 住所変更していないみたいでさあ。みんなここに溜まっちゃうのよ。実家に帰るって言ってたから、これがそうね」
 女性は大量の封筒と紙束を渡してきた。電話料金、水道料金、ガス代と新聞料金などの請求書。封筒は事件を心配した知人からのものだろう。
 女性は、その中から『谷分(たにわけ)』という差出人の名前が書かれた封筒を抜くと、十一朗に差し出した。
「奥さんの旧姓がそれだから確かな住所よ。じゃあ、お願いね」
 用件をすませた女性は、最後にそう告げると洗濯物を取りこみはじめた。
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