エスパーなあなたと不器用なわたし
忘年会でふわふわ気分
 十二月八日、金曜日。
 今日は、わたしが所属するコールセンターの忘年会。
 ちょっと早めだけど、どこも予約で埋まっていて、やっと取れたのが今日だったらしい。
 うちは、会社全体の忘年会というのは無くて、部署ごとに幹事がお店を予約して一年間お疲れさまでした~というのをやる。
 家族や友達と、忘年会という名目では食事に行った事がないので、これがわたしにとって年一回、唯一参加する忘年会という事になる。

 昨年は、まだ入社一年目という事もあって人にも慣れてなかったし、緊張して酔えなかった。
 わたしは、昔から人見知りが激しい。
 慣れるまでに相当な時間を要する。
 暗い奴とか、話しにくい奴とか思われる事が多くて友達も少ない。
 それでも特に寂しいと思った事はないし、高校時代からの親友、野北さなえ、通称さなちゃんがいてくれればそれで良かった。
 基本、一人で過ごすのが好きだから、友達がいないと寂しいとか言っている人の気持ちはよくわからない。
 何より自分のペースで誰にも縛られる事なく自由に過ごせるのが一番楽だと思うんだけど。
 
 さなちゃんとは、高校一年の時に出会った。
 同じ中学から進学した子がいなかった彼女は、偶然隣の席だったわたしに声を掛けてきた。
 その頃、今以上に人見知りだったわたしは、到底自分から声をかける勇気もなく、さなちゃんから話しかけてくれたのがとても嬉しかった。
 彼女は、付き合い出してすぐにわたしの性格を理解してくれたようで、明るくてよくしゃべるんだけど、わたしが何か話そうとした時には静かに聞いてくれた。
 わたしは、そんなさなちゃんと、安心して話をする事が出来た。
 一生付き合える親友。
 さなちゃんは、わたしにとってそんな存在だ。

 わたし達は、同じ短大を卒業し、別々の会社に就職した。
 さなちゃんは旅行会社に、わたしは化粧品会社のコールセンターで働く事になった。
 就職しても、週に一度は一緒に食事をしている。
 お互いの会社の事を話したり、恋バナをしたり。
 恋バナと言っても、さなちゃんの話。
 高校も女子校、短大も大半が女子の学部に所属していたわたし達にとって、男性と知り合う機会は少なかった。
 でもやっぱり性格のせい。
 だってさなちゃんも同じ環境下にいたのに、男に不自由した事はないんだから。

 仕事では、人見知りなので・・・なんて事は言ってられない。
 先輩方に迷惑をかけないようにと一生懸命に自分の仕事をこなすのみ。
 苦手と思う相手でも、ちゃんと話をしなければならなかったし、どういうわけか仕事となるとそれが出来た。
 
 そもそも、こんなわたしがコールセンターで見知らぬ人と朝から晩まで話しているという事自体不思議な感じだけど、ここに入社したのはこんな自分を変えたいという思いからだった。
 もっと明るい性格になって、素敵な彼氏を見つけて、平凡だけどあたたかい家庭を築きたい。
 そんな夢を描いて仕事に就いてはみたものの、世の中そんなに甘くはなく、二十一歳になった今でも彼氏いない暦は更新され続けていた。
 さなちゃんが十七歳で当時付き合っていた彼氏と初体験をした話を聞いた時は衝撃だったけど、自分もしてみたいなんて気持ちは湧かなかった。
 
 二年目の今年は、人にも慣れたし、心にも余裕が出来た。
 料理も美味しいと思って食べられたし、みんなのお皿に取り分けてあげる事も自然に出来た。
 あまり強くはないけれど、お酒を飲むのは好きだ。
 ビールでの乾杯から始まり、酎ハイ各種をメニュー表に並んでいる順番に頼んだ。

 お開きになり、みんなで店の外に出た。
 ほろ酔いかげんで気持ちがいい。
 火照った体を、ほどよく冷ましてくれる夜風も心地良かった。
 足元もふわふわして、アスファルトの地面が違う物質に変わったような感覚。
 まだ飲んでいたかった。
 こんなに楽しい忘年会は初めて。
 帰りたくない。
 いつもだったら仕事が終わったら家にまっしぐらのわたしが、今日はもっとここにいたいと思うなんて。
 それもこれもみんなお酒のせい?
 素面だったら、こんな事なんか考えなかったはず。

「なあ塚本、今からもう一軒行かないか?」
「え~もう一軒?」
「行こうよ。もっとゆっくり話したいんだ」

 今、わたしに話しかけているのは誰?
 えっと・・・
 柴田くん?

「そうねぇ~」

 わたしが、そうねぇ~なんて言ってる。
 ふふっ。何だか可笑しくなってきちゃった。
 柴田くんだったら、去年の忘年会の時も家まで送ってくれたし、安心して飲めそう。

「どこ行く~?」

 こうなったら、とことん飲みたい。

「ちょっと先に、静かな店があるんだ」
「そこ、お酒あるの?」
「お前、かなり酔ってるな」
「酔っちゃ悪い?」
「いいや、全然悪くない。今日のお前、いつも以上に可愛い」
「へっ? わたしが可愛い?」
「さっ、行こう」

 彼に手を引っ張られ、バランスを崩したわたしは、彼の胸におでこをぶつけた。

「ごめん・・・」

 慌てて離れる。
 酔って気持ちが良いとはいえ、やっぱり男の人とはある程度の距離を保っていないと心の中から警戒音が出るみたい。
 それでも、体がいう事をきかない。
 力の入らない足は、右へ左へ行ったり来たり。

「よっ、そこのお二人さん、何いちゃついているんだよ。これからお持ち帰りか?」

 先輩社員がニタニタといやらしい笑みを浮かべてからかってくる。
 何か怖い。
 男の人ってやっぱり駄目みたい。

「ごめん、わたし帰る」
「えっ?」
「あっれぇ~、余計な事言っちゃったかな? わりぃ。気にせずデートしてよ。それじゃまたな」

 無責任男。
 言いたい事だけ言って、さっさと行っちゃった。

「小村さんも行っちゃったし、仕切り直しに今夜はとことん飲もうよ」

 再びわたしの手を握る彼。
 そんなわたしのもう片方の腕を、別の誰かにつかまれ振り返る。
  
「?」

 その主を見ると、何と部長だった。

「部長?」

 コールセンターで一番えらい人。
 みんなから、鬼部長と呼ばれてる怖い人。
 そんな人から腕をつかまれている?

 えっ? えっ?
 わたし何かそそうをしましたか?
 急に不安がこみ上げてきた。
 それでも、酔いが醒める事はなく、わたしの足はいう事をきかない。

 部長は、仕事には厳しい。
 コールセンターはその名の通り、お客様からの注文や苦情、返品受付などを取り仕切る部署。
 扱っているのが化粧品という事もあり、お客様の大半は女性だ。
 席に着いたら休む事なく電話応対をしている感じだ。
 そんな中、一日の中で何度か廊下に呼び出されて怒鳴られている社員を目にする。
 二十人いる社員の内、男性は部長を含めて四人。
 あとは、四十代のお姉さまから、今年入社した高卒の十八歳の子までいる。
 部長は三十代半ばといった感じだけど、年上の女性だろうと誰だろうと、お客様に対する応対が悪い社員を見つけたら、容赦なく怒鳴る。
 若い子の何人かは、そのままトイレに駆け込んで、涙が枯れるまで戻って来なかった。
 わたし自身はまだ部長の雷を経験した事はないけど、もしかして、その雷が今から落ちるの?
 だけど、今ならあんまり怖くないかも。
 だって、ふわふわして気持ちいい。

「お前、大丈夫か?」
「えっ? あ、はい。大丈夫で~す」
「とてもそうは思えんが」
「大丈夫です。ちゃんと意識ありますから」
「おいおい、そんなレベルなのか?」

 意識はあるものの、コントロールのきかない足は、なかなかじっとしてくれない。
 二人から支えられていなかったら、勝手に道を蛇行しそうな感じだった。

「来い。送ってく」
「大丈夫です。ちゃんと自分で帰れますから~」
「いいから来い」
 
 部長に手を引っ張られ、またしても部長の体に突っ込みそうになる。

「待って下さい。部長、俺達これから飲みに行くんで」

 後ろから、柴田くんが睨むようにこっちを見ていた。
 家に帰りたいわたしは、部長について行く方がいいに決まっている。
 だけど、鬼部長と二人っていうのもどうかなぁ。

「・・・邪魔するなって事か?」
「ええ、まあ」
「いいや、邪魔する。こんな塚本がこれ以上飲んだらどうなる? 今日はやめとけ」
「もう一軒寄ったら、ちゃんと家まで送りますから」
「いい。今日は俺が送る」
「部長!」
「塚本、帰るぞ」

 えっ? 
 あ、ちょっと・・・

 結局、部長に押し込められる形でタクシーに乗り込んだ。
 何て強引な人?
 上司だから何でも許されるって思ったら大間違いよ。
 
 と、意気込んでみたものの、いつも以上にふかふかに思える座席に身を委ねた途端、怒りが眠気に変わってきた。
 そしてわたしは、ぼんやりしてきた頭の中で、行き先を告げた。
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