付喪がいた日
6.ざんざんぱらぱら
 翌日、出来あがったカバンを田中に渡すと、すごく喜んでもらえた。出来あがりに満足していた俺も鼻が高い。とはいえ、縫ったのは母さんなんだけど。
 横掘たちが眉を寄せていたのは、怖い目にあった傘と同じ柄だったからだろう。何となくだが、田中がカバンを持つことで、二度と横掘は喧嘩をうってこないだろうと思った。
 ご主人さまのお役にたてたじゃないか。これほどの用心棒はいないぞ。
 田中が持つカバンを見ながら、心の中で語りかけてしまった。
「お前たち。チャイムはもう鳴ったぞ。はやく席に着け」
 先生の声で一時限目の授業がはじまる。雨造も格好だけは気にしてか、俺の隣の床に座る。学校に来た初日は落ち着かなかった雨造が、今日は田中を気にしてなのか行儀がいい。
 見えないというのに、百年以上生きても子供の考えと変わらないんだな。
 そうのんびり考えていると、隣にいる雨造の様子がおかしいのに気づいた。座っていたのに、なぜか立ちあがり、ざんばら髪が逆立っている。遠くでサイレンの音が聞こえていた。
「声が聞こえる。モノたちの声だ。この声はあいつだ」
「あいつ?」
 切迫した雰囲気におされて、誰にも見えない雨造に話しかけてしまう。
「よく聞こえない。嫌だ。怖い。あと……何て言っているんだ」
 雨造は声を必死に聞き取ろうとしているようだった。田中は俺の動きで変化を読み取ったのだろう。じっとこちらを見ているのがわかった。
「怖いって……火事? 光輝、はやく由美子の家に! 由美子の家が火事だ!」
 先生が教科書のページを指定した瞬間に俺は立ちあがった。
「おっ、立ちあがるとは、やる気があるな。じゃあ、このページの――」
 そのためか、完全に誤解が入っている。今は授業をうけている場合じゃない。急がないと。
「祖父母の家が火事なので帰ります!」
 言って教室を飛び出す。背後から皆が動揺する声が聞こえていたが無視だ。すると、隣に気配を感じた。
「田中!」
「雨造くんの声が聞こえていたの。私も行っていいよね」
 聞かれはしたが、既に教室を飛び出してきているのだから戻れともいえない。それに田中の厚意を無視することもできない。素早く靴を履いて外に出る。
「方向はあっちだ。距離があるけど走れるか?」
「それは心配しないで。私、陸上部だから、はやさも負けないよ」
 女子だからと思っていた俺は田中の走力に驚かされた。男の俺でも並走するのがやっとだ。クラスでも足が遅いわけでもないのに、やはり日夜練習している人は違うなと感じた。
 長い坂を駆けあがると竹林が見えてくる。風にのって物が焼ける臭いもしてきた。徐々に人の数が増えてくる。いるのは近所の知っている顔ばかりだ。
「光輝!」
 その時、声が響いた。聞いて安心して涙が出そうになる。ばあちゃんは無事だった。
「よかった無事で。俺、ばあちゃんが逃げ遅れてやしないかと……」
「買い物に出掛けていたんだよ。火は使っていないのに何で」
 俺は、祖母の無事を確認できて安心したが、祖母の落胆は激しかった。祖父とともに長年連れ添い、住んできた家が燃えているのだ。
 納屋のほうから焼けたのだろう。既に消し炭状態になっている。そして、炎は自宅に燃え移り、火の勢いは更に増しているようだった。
「消防車は? まだこないの?」
「電話をしたら他の場所でも火事があって、くるのが遅れるかもしれないと……」
 祖母の唇が震えている。逃げてはきているものの、何か切っ掛けがあれば家の中に飛びこんでいってしまいそうだった。
 今なら家の中の物を持ってくることが出来るのではないか。
 そう思って飛びこむ者も少なくないらしい。火事になった時の死因で一番多いのが一酸化炭素中毒だと聞いたことがある。この火の手ならまだ平気。そう思って家に入ってしまったら、ガスに巻かれて終わりだ。木造家屋だから有毒ガスが出る量はすくないとは思うが、物と引き換えに命は釣り合わない。
 その時だ。家の中から重低音が響いてきた。自分の居場所を教えるかのような柱時計の音が。ひとつ、ふたつ、みっつと数を刻むうちに祖母が歩を進める。
「戻ったら駄目よ。おばあさん」
 祖母の行動の変化を知った田中の声が響く。近所の人にも抑えられ、祖母はその場で崩れ落ち、膝をついた。
 バケツリレーがはじまっているが、人の手だけでは猛火を抑えることなどできない。柱時計が時を刻む音は既にとまっていた。
「あいつが泣いている。あと一年なんだ。あと一年で付喪神になれるのに」
 雨造が歯噛みしながら言う。そして、炎上する家を見ている目は、炎の色を受けて更に赤くなっているように見えた。
「光輝……おいらを使ってくれ」
 押し殺したような雨造の声。その視線は炎に一点集中していた。
「使えって?」
 言った意味がわからずに問い返したところで気づいた。祖母が言っていた雨が降らなかった日のことを。祖父が番傘を差して歌ったという話を。
「雨を降らせることができるんだな?」
 雨造が首を縦に振る。男同士の会話だ。それ以上の言葉はいらなかった。
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