付喪がいた日
「光輝、ひとりで来たのかい。私は車でお父さんと一緒にくるとばかり思っていたよ。取り敢えず、中にお入り。喉が渇いたろう。麦茶を用意するからね」
 いつもと変わらない祖母の対応に、俺はすこし悪い気がした。金目当てで来たのだから。
 家に入ると、柱時計が十時を差して時刻を知らせる。小さい頃は、こいつが鳴る度に怖くて夜中にトイレに行けないなんてこともあった。
 繰り返される重低音が、まるで自分の存在を主張しているように思えるからかもしれない。考えすぎかもしれないけど。
 まだ動いていたんだな、こいつ。と、思いながら、俺は座布団に座った。猛暑からは想像もつかない、ひんやりとした室内だ。先人の知恵とはよくいったもので、北から流れてくる空気がそうさせているのだろう。あふれ出ていた汗も、いつの間にか引いていた。
 祖母は氷がグラスを叩く心地よい音を鳴らしながら、盆に載せて持ってきた麦茶をちゃぶ台に置いた。
 喉が渇いて脱水症状になるかもしれない。着いたら冷たい飲み物を入れてもらおう。そう思いながら自転車を漕いできた俺は、置かれたと同時に麦茶を飲んだ。
 喉を伝う冷たい感覚が胃内に流れこみ、体が一気に水分を吸収していくような気がする。
 一息ついてようやく、五感の感度が良好になってきた。遠くで鳴くアブラセミの声。軒先で鳴る風鈴の音。目の前の竹林が運んでくる竹の香り。俺が住む街とは違う時間の流れがここにはある。
「あのさ、ばあちゃん。蔵の中には何があるの? 小さい頃、じいちゃんに訊いても教えてくれなかったんだよな」
 庭を見ると昔と変わらないままの蔵。威風堂々たる姿といってもいいだろうか。
 小さい頃は何が入っているのかと、想像しては興奮していた。そんな魅力の場に、今日は足を踏み入れることができるのだ。
「私も全部は見たことがないよ。掛け軸とか器があったかな。古銭にも凝った時があったみたいだし、よくはわからないねえ」
 祖母の答えを聞いて俺は心の中でガッツポーズを決めた。これは期待できるぞ。新型のゲームが何台か。ソフトもたくさん買える気がする。
 あと、野球道具だ。プロ仕様の道具は中学生だから無理だとしても、アクセサリーなら年齢を問わない。買って皆に自慢してやる。
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