ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』
26話、エルティーナの涙
「……レオン様…あの……」
「パトリック、何も言うなよ。言いたいのは分かる、俺もだ」
「…レオン様」
三人は、悶々とした気分でミダの店内に入った。
ミダの入り口は、石造りとは思えないくらい暖かく、光を上手くとりいれ計算され尽くした構造は素晴らしい。
窓に施されているステンドグラスは陽の光を受け、その美しい意匠を石畳に映し出しており、とても幻想的な光景となっていた。
「いらっしゃいませ。本日担当させて頂くソルドと申します。ご予約のお客様ですね。お部屋にご案内致します」
男性にしては、驚くほど可愛らしい声である。
「ああ。よろしく頼む」
「五名様入ります」
ミダのスタッフ、ソルドがよく通る明るい声で店に招待挨拶をする。
(「うん??」)
三人で店に入ってきたのに五人?? レオンは、思わず後ろを振り返る…。
まだグッスリ眠るエルティーナを、大切に抱いているアレンも店に入って来ていた。
レオンが振り返った先。ソルドはアレンとエルティーナに目を奪われる。
研ぎ澄まされた硬質な美貌のアレンが、ふわふわで淡い色彩の天使のようなエルティーナを抱く姿は この世のものだと思えず。
流石に《ミダ》の店員であるソルドも目が離せなかったのだ…。
ソルドが自分とエルティーナに魅入っているのに気づき。アレンは手を添えて、抱いているエルティーナの顔を意図をもって隠す。
お客様である二人を、我を忘れ見つめていた事に気がついたソルドは「も、申し訳ございません」と頭をさげ、部屋の案内を開始した。
ソルドについて行きながらもレオンはまだ自問自答を繰り返していた。
(「しかし…エルは、よく寝ているな…こっちの気も知らないで…。可愛い顔して寝ているから余計に腹が立つな」)
幾何学模様のタイルを踏みしめ、誰にも言えない…行き場のない心を、レオンは持て余していた。
「こちらで御座います」
ソルドに案内された部屋の扉は、一見シンプルに見えるが最高級品。
一枚板で出来た扉は〝木〟本来の長い年月をかけて成長した…歴史を感じる美しさを醸し出す。
扉の中は広い空間になっていた。
床の色はワインレッド。緻密に織り込まれた植物の模様になっており、単色にも関わらず、花や茎、蕾に至るまで全てが異なったワインレッドの色で構成されている。
単色の色幅の多さに度肝を抜かれる。
扉と同じ一枚板の丸テーブルの周りには、がっしりと重厚感たっぷりの椅子が、テーブルの周りを囲むように、五脚並んでいる。
レオン達は、各々椅子につく。
まだ眠っているエルティーナは、アレンが抱いたまま座り、自らの膝の上に乗せ優しく胸に抱き直す。
その間、全く起きる気配を見せないエルティーナに、レオンは寒気がするほど引いていた。
エルティーナがアレンに向ける絶対的な信頼感がもはや恐怖…。
皆が席に着くのを確認後、ソルドは説明に入る。
「今日のオススメは、こちらでございます。昼のメインは、魚介類。肉類。に分かれております。
肉、魚とも、種類、焼き加減、その都度お伺いに参ります。
デザートは、シフォンケーキ、タルト、ゼリー、が日替わりでございます。ミダ自慢のチョコレート、本日は十一種類揃えております」
一言も噛む事なく、朗々と歌いあげるように話あげた。
「時間を少しおき、もう一度まいりますので、ごゆるりとお決めくださいませ。それでは失礼致します」
ソルドは流れるような所作でお辞儀をし、部屋から出ていった。
「レオン様、ミダは噂通りですね。王宮ほどではないですが、貴族の屋敷に匹敵するぐらいのレベルです」
フローレンスが感心しながら、周りをゆっくりと見渡す。
「本当に。我がベクター家の屋敷より上です。確実に」パトリックは苦笑い。
「ミダは王宮にも負けてないと思うぞ」
「レオン様、それは褒めすぎです。ミダを貶すつもりはないですが、王宮の方が格段上に感じますよ」
フローレンスは淡々とレオンに抗議した。
「…いや、…そうだな。物作りのレベルとしては王宮とそう変わらない、という事だ。
王宮にあるもの、俺やエルが使う椅子やテーブルには、ふんだんに宝石が使われてデザインされている。
その宝石類を除けたと考えると、造りの精巧さでいうと王宮より凌ぐだろうな。ここまでこると、まったく生産性がないので意味はないがな。俺としてはこの強度は好きだ」
レオンは、ふんだんに草木が彫り込まれた重厚なテーブルを叩いてみせた。
レオン達の会話が止まった後すぐ、エルティーナの小さな声を耳にする…。
「……ぉ…ぃ………お願い………」
一度目は、かすかに…二度目はしっかりと。
会話が途切れていた為、レオン、パトリック、フローレンス、そしてアレンの耳に、エルティーナの哀しい懇願の声が耳に残る…。
そして、その後………エルティーナの林檎のように赤く、柔らかい頬に涙の筋が……。