御曹司さまの言いなりなんてっ!

 い、いけないいけない。部長にトキメくのは禁止だ。

 逃げるが勝ちって決めたはずでしょう?


「あんたもまあ、物好きな人だな。こんな田舎に毎度よく来るもんだあ」


 相馬さんと呼ばれた作業着姿の初老の男性が、タオルで汗を拭きながらノッソリと近づいてくる。

 日に焼けて真っ黒な顔は、ぬぐいきれない玉のような汗と陽射しに照らされキラキラしていた


「相馬さん、今日は我が社の会長と、専務も同行しております」

「あー、あんたかあ? ここの村の出身ってのは?」

「んだんだ。わいが、一之瀬秀雄だ。わらしの頃は、親戚の戸山の家に厄介になってたんだ」

「あーあー。戸山の家かあ。あそこも男わらしが生まれねえで、絶えてしまったものなあ」


 ……といった内容の、会話をしているのだと思う……。

 会長と相馬さんの会話は独特なイントネーションと濁音が凄くて、正確な情報はとても聞き取れない。

 私と専務は気後れしてしまって、ポケッと立ち尽くすばかりだ。

 そんな外国語のようなお国言葉の応酬の中に、部長が果敢にも標準語で参入していく。


「今年の夏林檎の出来具合は、いかがですか?」

「おお、玉伸びは順調だったし、中心果の結実率も良かったからな」

「林檎農家の皆さん、見直し摘果を頑張っていらっしゃいましたからね」

「実が大きいと摘果作業がはかどらなくて大変だけんど、出来はいいぞお」


 ふたりの間に飛び交う専門用語に小首を傾げる私に、部長が笑いながら説明してくれた。
 
< 130 / 254 >

この作品をシェア

pagetop