御曹司さまの言いなりなんてっ!

「…………」

「そんなスネた顔するなよ。お前を置いて行けなくなるだろ?」


 唇を離してそう言う部長の顔は、夕べと同じ顔。

 甘い瞳と優しく緩む口元を目の前にして、私の胸はパァッと明るくなる。

 さっきまでの根暗な発想は一気に霧散して、嬉しさのあまり部長に向かってデレッと微笑んでしまった。


「なに言ってるんですか? スネてなんかいませんよ」

「嘘つけ。目が怖かったぞ? 仕事とプライベートは分けろってお前が言ったくせに」


 そして部長はもう一度、私の唇にチュッとキスをする。


「俺だって戸惑ってるんだよ。……お前と、こんな個人的な関係になってしまうなんて」

「それって、もしかして後悔ですか?」

「後悔とは違うな。後ろめたさだ」


 後ろめたい、か。分かるような気もする。

 こんな時の上司の心情は想像するしかないけれど、例えるなら、教え子に手を出しちゃった先生みたいな気持ちなのかもしれない。


「でも、今さらもう引けないし、引きたくない」

「部長……」

「なあ、出かける前に一回だけ、深いのいいか?」


 年上の男から甘えるようにねだられて、私の胸がきゅんと疼く。

 返事をする代わりに、私は自分から部長に顔を寄せた。

 抱きしめ合い、唇が重なると同時に、ふたつの舌が性急に絡まり合う。

 子犬が鳴くような甘い息を漏らしながら、私達はお互いを感じ合う行為に没頭した。

 ……だめ。火が、点く……。
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