御曹司さまの言いなりなんてっ!

 この世でたったひとりの……。

 イヴ……。


 それは以前、部長がオフィスで私に言ってくれた言葉だ。

 その言葉に嘘も飾りもないことを、今の私は素直に受け入れられた。

 あの時とは違った意味で、この胸が熱い切なさで膨れ上がって今にも弾けそうになる。


『とても、似合っているよ』

 ドレスを身に着けた私を褒めてくれた、恥ずかしそうな声。

『ありがとう。……嬉しかったんだ』

 会場の片隅で見つめ合った彼の、宝石のように綺麗な瞳。

『後悔とは違うな。後ろめたさだ。でも今さらもう引けないし、引きたくない』

 熱いキスを交わした後で、私の耳に囁く声。


 ……ああ、会長。忘れてしまっていたのは、あなただけじゃありませんでした。

 どうして私は、あんな大切な瞬間を忘れてしまっていたんだろう。


 部長が私を利用しようとしていた事は、確かに本当なんだろう。

 でも私に伝えてくれた言葉も、態度も、あれだって全部本当だったんだ。

 どちらも等しく真実なのに、私は片方だけにしか目を向けようとしなかった。

 可哀そうな被害者の自分を慰めることばかりに気を取られていたから。


 彼が私を利用するつもりだった事実に捕らわれるあまり、彼が語るもう片方の真実は、『信じるに値しない』と跳ね除けてしまっていたんだ。


「理不尽は許せないだの、公正であるべきだのって、さんざん自分で言ってたくせに」

「遠山さん? どうしました?」

「これじゃ『遠山の金さん』の面目が立たないわ」

「はい? 遠山の金さん?」
  
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