御曹司さまの言いなりなんてっ!

「そうだな。俺もお祖父様のことが、昔から大好きだった」

「今頃、うちのおばあちゃんの前で平謝りしてるかな?」

「俺のお祖母様の前でもな。女ふたりに揃って徹底的に絞られてるだろ」

「うわー、さすがに気の毒ね。勝ち目ないわ」


 私達は声を上げて笑った。

 うん。過去に流した涙も、囚われ続けた悔恨も、時が過ぎればこうして笑い話になる。

 やっぱり、これが楽園なんだと思う。


 湖のほとりに建つ古民家が見えてきた。

 あれが我が家。かつて会長とおばあちゃんが短い時を過ごし、今は私と部長が毎日一緒に暮らす、大切な場所。

 藍染のような空気に、黒い木々のシルエットが濃く浮かび上がる。

 鏡のように滑らかな湖面には、水鳥がゆらゆら揺れて羽を休めていた。

 岸辺の手漕ぎボートも、小さな桟橋も、全て一日の役目を終えてひっそりと佇む。


 顔を上げれば、わずかに夕日が残る空に輝く一番星。

 知らぬ間に星の数は、天空いっぱいに増えていく。

 ひとつ、ひとつ。地上の哀しみのように、喜びのように。

 冷たい風を感じて身を震わせたら、彼が私の肩をしっかりと抱き寄せてくれた。

 だから私は、どんなに寒くても満ち足りることができる。

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