御曹司さまの言いなりなんてっ!

 そんなことを考えながら眺めていると、どうやら弟さんが部長に気がついたようだ。

 シャンパングラスを片手に、こちらへ向かって真っ直ぐ歩いてくる。

 そして自分よりだいぶ背の高い兄と向かい合い、露骨に不機嫌そうな口調で言った。


「一之瀬部長、遅いぞ。何をしていたんだ?」

「申し訳ありません。専務」


 …………はい!?


 私は思わず、弟に丁寧語で謝罪する部長の顔を勢いよく見上げてしまった。


 兄が弟に向かって『専務』?

 弟が兄に向かって『部長』?

 私の空耳じゃなかったら、間違いなくお互いをそう呼び合っていた。

 
 え? え? え?

 なんで兄の方が部長で、弟の方が専務なの?

 私の聞き違いかしら?
  
 混乱している私の目の前で、専務と呼ばれた弟さんが続けざまに兄を叱責している。


「主催者側から遅刻者が出るなど、みっともないよ」

「はい。皆様に大変失礼をしてしまいました」

「気が弛んでいる証拠だね。これは大きな失態だよ。分かっているの?」

「申し訳ありませんでした」

「まったく情けないな。本当にちゃんと責任を感じているのかな?」

「はい。承知しております」


 クドクドと部長を叱責する専務を、私は眉間に皺を寄せながら穴が開くほど見つめた。

 年恰好からして、この人は間違いなく部長の弟なんだろう。

 だってどう見てもまだ二十歳を少し過ぎたくらいだもの。

 なのに……なんなの? 自分の兄に対して、見ていて不愉快になるほどの偉そうなこの態度は。
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