御曹司さまの言いなりなんてっ!

 そう言って部長は、笑顔でグラスを掲げてシードルを口に含んだ。

 そしてシードルのようにほんのりと甘い瞳で私を見つめる。

 美しい夜の気配の横で、それ以上に美しい顔立ちの男が、私に向かって妖艶に微笑んでいる……。


 ああ、どうしよう。やっぱりこんなの反則だ。


 シードルのように泡立ち、激しく鳴り響く自分の鼓動。

 どうしようもない私は、部長と同じようにグラスを傾ける。

 サァッと舌を刺激するスパークリングが、ふわりと甘い香りを乗せて喉を通り抜けた。

 鼻腔も、口腔も、食道も、ほのかな林檎の味で満たされて心地良い。


 私も部長も今、同じように林檎の香りに包まれている。

 その事実が、理由は分からないけれどなぜかとても特別なことのような気がした。



 私と部長は牧村さんが現れるまで、言葉少なに、でも満足げにグラスを傾ける。

 そして会場の喧騒をよそに、静かにシードルを味わい続けていた。




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