強引上司の恋の手ほどき
「実は俺、今日これから外回りなんだ。だから弁当は千波が食べてよ」

食べてよって、私のぶんは別にあるのに。

「そ、そうなんだ」

がっくりと肩を落としてしまう。

「作るんなら、前もって言ってもらわないと俺も困るよ。本当にごめんね」

「いえ。私もちゃんと連絡してなかったから」

朝電車を待つホームでメールを入れただけだ。ただその返事はなかった。もし返事があればこんなところで待つなんてことしなかったのに。

「今度ランチおごるから。じゃあね」

「うん」

中村くんは廊下を歩きだすと私のほうを振り返ることなくエレベーターに乗り込んだ。

私はただひとり、彼に渡すはずのお弁当箱を握りしめてその場に立ち尽くしていた。

「菅原? こんなところでどうしたんだ?」

名前を呼ばれてハッとして振り向くと、そこには課長が立っていた。

「課長……」

「なんだよ、そのひどい顔」

なんとか笑顔を作ろうとしたけれど、どうやら失敗したみたいだ。
< 36 / 222 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop