そして奏でる恋の歌~音楽家と騎士のお話~
「ただ付いてくるというだけなら。」

いいですよ、言葉にしてくれなかったその先の言葉が自然と浮かんでシャディアは満面の笑みを浮かべた。目の前の人物が物凄く不本意である顔をしているのも気にならないくらい嬉しくて仕方がない。声が信じられないほどに低くてため息交じりだったことも全く気にならなかった。

「ありがとうございます!」

喜びが自然と身体を前のめりにして、シャディアは勢いのまま机の上に乗せられていたイザークの手を取って両手で包むように握った。

「…ちょっ!?」
「ありがとうございます!」

ブンブンと振って感謝の気持ちと感情の昂りをこれでもかとイザークに押しつける。自然と手にも力が入るというものだ。

「ちょっと手を…っ。」

言われて手を離したのも束の間、シャディアは両手を広げてイザークに寄ろうとした。

「え?」
「すっごく嬉しい!もう抱きつきたいくらい!」
「それは駄目です!!」
「それくらい感謝してるんです!さあ!」

キラキラしたシャディアの気持ちに、ありったけの困惑顔でイザークは何度も首を横に振った。両手を前に出してこれ以上近寄らないようにシャディアと止めないと何するか分からない。

「いい!いいですから!!」

分かったから、頼むから落ち着いてくれ、顔がそう言っているように聞こえてシャディアも少しずつ落ち着きを取り戻してきた。その瞬間を逃さずにイザークが声をかける。

「とにかく食べましょう、冷めます。」
「そうですね。」

ようやく席に着いたシャディアに胸を撫で下ろしたイザークだが、この先の事を考えると味が分からなくなる。休暇だというのに何をしているのか、こんな流れになってしまったことを上役に知られたら呆れられて叱られて当分の間はネタにされるだろう。

いやむしろ、その為の休暇だったかと大笑いされるのではないだろうか。あの方なら後者だろうな。そう考えるだけでイザークからはため息しか出なかった。

「私、王都に行ったら位の高い人にも私の音楽を聴いてもらいたいんです。」
「はあ。」
「だって耳が肥えた人たちでしょう?そんな人たちに認められたら自信になりますよね。」
「はあ。」
「イザークさん。誰かそういう高貴な方に心当たりありません?」
「はあ?」

この先の憂うつしか考えていなかったイザークは適当に相づちを打っていたのだが、急なフリに思わず頭が固まってしまった。しまった前半の方はうろ覚えだ、そう考えを巡らせていると察したのかシャディアがもう一度繰り返してくれた。

「私の夢は大勢の前で音を奏でることです。ですから人が多い王都で自分の演奏を聴いてもらいたい。」
「ああ、そうでしたね。」

何故か指を一本立てて話をする行動に首を傾げながらも、話の内容は理解したのでイザークは頷いた。

「音楽というのは質も大事です。ですから、たくさん上質な音にふれている上流階級の人にも認められたいのです。」

そう言ってまた一本増えた指に眉間をしわを寄せつつも、成程と頷いていく。目の前には何かを期待した目のシャディアが待ち構えていた。

「えっと…何?」
「ですから、イザークさんのお知り合いに高貴な方はいないんですかって。」

完全に油断していた頭にはシャディアの強弱の読めない押しが効いたようだ。強くお願いされている訳ではないが、シャディアの姿勢や視線から真剣に考えろと言われているようでイザークは自身に問いかける。心当たりを探してみたのだ。

「高貴な方…俺が知ってるというかツテがあるのはあの方位だけど…。」
「あの方!?」

イザークの言葉に強反応を示したシャディアはこれまでの雰囲気から一変し、目を輝かせてその場に立ち上がった。その姿を見た途端に嫌な予感がイザークを襲う。

「あ、いや…っ!」
「ツテがあるのね!?イザークさん!是非とも私に紹介してくれません!!?」
「いや、その、俺いま休暇中だし…。」
「どうせすぐに休暇は終わります!決めた、私王都でもイザークさんに付いていきます!」

絶対に余計なことを口に出してしまった、そんな自負がありありと彼女を通して理解していく。むしろ痛感だ。

「…えええ!?」
「やっと掴んだ機会、絶対に逃したりしないわ。」

胸元で拳を何度も振りながら自分の幸運を噛み締めているようだ。シャディアはもう他の話を聞き入れるような雰囲気ではない。しかしイザークとしても急な申し入れは到底受け入れられるものではなく、同じ様に立ち上がって却下を宣言した。

「ちょ、それは困る!こっちにも都合が…っ。」
「どちらにせよ基地だかに戻らなきゃいけないんでしょ!?どこまでも付いていくわよ。」

これが彼女の素の言葉遣いなのだろう。取り繕うことも忘れるくらいに今のシャディアは野心にまみれていた。

「…嘘だろ?」
「だって優しいイザークさんは怪我をした一人旅の若い女性を見放すことなんて出来ないものね?」

両手を合わせてにっこりと笑うその姿は悪魔そのものに違いない。ここでまいて逃げようものなら後々気になって良心が咎めて仕方がないようにしようとしているのだ。

「私、変な男の人に追われてるんですから。」

これ見よがしに困った顔をして手を頬に当てながらため息を零す。なんという役者、開いた口が塞がらないとはまさにこの事だろう、イザークは額に手を当てると大きなため息と共に肩を落とした。

少しの油断がここまでわが身を追い詰める結果になるとは夢にも思わなかった。いついかなるときも油断するなと同僚や上役から言われていたというのに、これが知られたときの状況が安易に予想できて頭がいたい。これはすぐに逃げられそうにもないぞと胸の内で頭を抱え込んだ。

「…厄日だ。」
「今日はついてる!」

歌うようなシャディアの声はさらにイザークを憂鬱にさせたのだった。

「…はあ。」

今日は一体どれだけのため息を吐いただろう。そんなものは数えるだけ無駄だと途方に暮れてこれからの自分に心底同情したイザークだった。
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