そして奏でる恋の歌~音楽家と騎士のお話~
さも当然の様に拒絶されたことに苛立ちを覚えてイザークの目が細くなる。そんな彼の中の誤解に気付いたシャディアはすぐに訂正の言葉を広げた。ただその中にも見つけたイザークの中で流し辛い単語に声が低くなる。

「…堅物だと?」
「…その言い方だと誰かにそう言われたのかな。」
「真面目すぎると。」

拗ねたように答えるイザークにシャディアは苦笑いをした。湾曲した解釈に困ってどう解釈しようかと考えるような声を出す。

「まだ少しの時間しか過ごしてないけど…イザークさんは真面目というより誠実なんだと私は思う。堅物ともちょっと違うかな。」

虫の居所が悪いイザークは酒を喉に流しながらシャディアの言葉に耳を傾けた。これはさっき浴場の前でからかってしまった自分も悪いのだと感じたシャディアが苦笑いを浮かべる。

「女性に対して紳士的、うーん…女性にっていうより誰にでもそうかも。優しくて、潔くて、寛大で、だからこうやって私の事も相手してくれている。」

これまで自分が感じたイザークからの優しさを一つ一つ思い出しながら言葉を繋げていった。いつもよりゆっくり、両手で何かを模る様に動かしながらも身振り手振りで自分の中にある言葉を探しながら伝えていく。

「すごく温かくて、綺麗な人で。」

自分に向けられた綺麗という言葉に疑問が浮かんで片眉を上げたが、問う前にシャディアが言葉続けた。

「だからイザークさんには不誠実な事をしてはいけないって私は思う。」

何故か強く力を持ったその言葉にイザークは惹きつけられた。

「イザークさんならきっと相手を思って全てを受け止めようとする。例え利用されていると分かっていても責めないんじゃないかな?」
「そこまで優しくはない。」
「でも私には優しい。」

イザークの中のシャディアの印象とまた違う言葉が紡がれたことに目を細める。その仕草は真意を探ろうとしているのか不快の表れかシャディアには判断ができなかった。しかしそんな事は気にならないのだ。

探り合いか、見つめあったまま沈黙を選んだ二人の間を軽快な音楽が通り過ぎていく。元よりシャディアがご機嫌だったのはずっと陽気な音楽を楽団が奏でてくれていたからでもあった。

「…優しくはない。」
「ふふ、そうだね。だったら尚更イザークさんは幸せにならなきゃいけない人だ。」

言い切ったイザークの声はほんの少し感情の荒さが伝わってくる。それを可愛らしいと感じているシャディアは決して軽んじているわけではなかった。ただ、イザークらしいと思ったのだ。

音楽が止まると歓声や指笛と共に拍手が沸き上がる。その音にシャディアは楽団の方へと身体を向き直した。団員たちが言葉を交わしている、どうやら次の曲が決まったようで目を合わせた団員たちは一斉に弦を揺らした。

初めの三音も聞けば何の曲か分かるくらいこの地方で親しまれているものだろう。音楽の始まりと共に客たちは賑やかに手拍子を始めた。次々に席を立って踊り出す客たち、シャディアはそんな様子を見て笑みを浮かべた。

「イザークさん、踊ろう。」
「は?」
「こんな楽しそうな音、踊らなきゃ勿体ないよ!」
「ちょ…っ!」

そう言って立ち上がったシャディアに手を引っ張られる形でイザークも立ち上がる。慌てて周りを見れば仲がよさそうに男女が両手を取り合ってくるくると回りながら拍子に合わせて身体を揺らしていた。

「俺っ踊れないぞ!?」
「気にしなーい!適当に回るだけでいいの!」
「足は大丈夫なのか?!」
「そんなに激しくなけりゃ大丈夫でしょ!」

しっかりと両手を握って向かい合っては身体を揺らす。片手を離して繋いだままの手を軸にシャディアはその場で軽く弾みながら回って見せた。

「ほら!」

次はあなたの番だと促してイザークも同じように回転させられる。躓きそうになるもシャディアはただただ楽しそうに音に身を任せていた。

「お、おい…っ」

怪我をした足は大丈夫なのだろうか、そう心配して見ればシャディアはうまく痛めた足をかばいながら音を取っているようだった。シャディアにリードされる形でイザークも音楽に浸っていく。

「あはは!上手!」

ふと周囲を見渡せば半分以上の客が自分たちと同じように踊っている景色に圧倒されてしまった。今までこんな体験をしたことがない。賑わいの中からは少し離れた場所にいるのがいつもの自分たちの居場所だったからだ。いつも聞こえていた賑わいの中心はこんな景色だったのかとイザークは新鮮な気持ちになった。

これはシャディアと居たからこそ見れた景色だ。

「ね、イザークさん!」

屈託のない笑顔でシャディアが何度も声をかけてくる。イザークに話しかける以外はずっと音楽を口ずさんでいるようだ。時折近くの客と目を合わせては互いに笑いあって楽しいという気持ちを共有していた。

「楽しそうだな。」
「もちろん!私は音楽家だよ!?」

音楽は私の全てだよ、そう続けるシャディアに思わず見惚れてしまうのは仕方がなかった。そのくらいシャディアは活き活きとしていたのだから。くるりと自分の懐近くまで入ってくるシャディアに戸惑いつつも、結局彼女が納得するまでイザークはひたすら付き合わされてしまったのだ。

それでもこれほど楽しい夜は初めてだと、認める自分に苦笑いを浮かべながら。

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