そして奏でる恋の歌~音楽家と騎士のお話~
5.居場所を見つけた音楽家
今日はとても天気がいい日だ。適度な気温、ほどよく風が吹き抜けて鮮やかな花や木々を揺らす。主が執務をしている部屋を目指しながらイザークは中庭の景色を見て微笑んだ。

こうやって城内を歩くのは久しぶりだった。色とりどりの花壇を見つめてイザークは可愛らしい企みを胸に秘める。そしてそのまま目的地であるエリアスの執務室の扉を叩いた。

「エリアス様、イザークです。」
「入れ。」

中から返事があった事を確認してイザークは扉を開ける。エリアスは執務机に向かっており、トワイも定位置のエリアスの横で書類を手にして立っていた。

「イザーク、お前は戸を叩かずに入っていいと言っていただろう?」
「はい、ですが一応まだ本日まで休暇中の身ですので。」
「なんだそれは、どう関係あるのか分からん。」

イザークの言い分にエリアスは遠慮なく顔を歪めてため息を吐いた。相変わらず固い事を言うなと呆れているようだ。そんな主の姿はイザークにとって見慣れたものだったが、その言葉の受け止め方はこれまでとは違った。それはどうやら表情に出ていたらしい。

「珍しい反応をするな、イザーク。」
「え?」
「どうした、前はしかめっ面だったのに今日は随分と受け流すじゃないか。」

トワイの指摘にエリアスも気が付いたのか感嘆の声を漏らしていた。イザークとしてはしかめっ面と言われた部分に反応して思わず頬に手を当てる。胸の内ではその理由に何となく気が付いていた。

「シャディアどのか?」

エリアスに言い当てられたイザークは一瞬目を丸くするも、素直に受け止めて頷く。

「はい。」
「そうか。いい出会いだったんだな。」
「はい、そう思います。」
「確か見合いを断りに帰省した筈だったがな。可笑しなものだ。」
「その為の縁談だったのかもしれませんね。」
「成程な。」

シャディアとの出会いの前、盗賊団の事もあって多忙を極めていたイザークの所に実家から縁談の連絡が入った。日取りも決めてあるからどうにかして帰ってくるように、欠席をするようであればこの縁談はまとめてしまうと半ば脅しのような手紙に気絶しそうになったものだ。なかなか家に顔を出さず身を固めようともしない息子に痺れを切らした両親の一手だったのだろう。

イザークが忙しいのはエリアスと共に行動しているという理由なのだが、どうやら両親は納得してくれなかったようだった。なんとなく責任を感じたエリアスは調査の一環であることを含めてイザークに休暇の許可を出した、それがこの度の始まりだったのだ。

「イザーク、シャディアどのの様子は?」
「はい。落ち着いています。」
「そうか…それは良かった。」
「はい。」

昨日の様子を見ている分、エリアスもトワイもシャディアが落ち着いたことに安堵した。彼女には随分と怖い思いをさせてしまった、その事が気がかりで仕方がなかったのだ。

「…怪我が多く目立ちますが、それだけだと本人が言っています。」
「そうか…こちらの調べでも暴かれてはいないと聞いていた。」
「おそらく間違いないですね。…この後医師の診断結果が来ます、イザークも確認するといい。」
「はい。」

エリアスとトワイは既に盗賊団の取り調べを進めているのだろう。シャディアが最悪の被害を免れたという事実に一同はひとまずの安心を得た。それでも彼女が受けた暴力は心の深い傷になっているだろう、そう思うと安心などとは呼べないのだ。

「まずは身体の傷が癒えるまでゆっくり過ごしてもらおう。あの客間をそのまま使って欲しいと伝えてくれ。身の回りの世話も手配してある。」
「はい、伝えます。」
「このまま休暇を続けてもいいぞ?」
「いえ、そういう訳にはいきません。」
「…お前ならそう言うと思ったよ。相変わらず真面目だな。」

いつもの様にため息交じりに零されても今日のイザークはやはり違う反応だった。何故ならイザークはエリアスのその言葉に反応してシャディアがくれたあの時の言葉を思い出していたからだ。

「いいえ。誠実なだけです。」

イザークの声はほのかに力を宿していた。かつてない反論にエリアスもトワイも思わず瞬きを重ねる。そして笑みを浮かべた後に確かなイザークの変化を感じ取ってエリアスとトワイは顔を合わせた。どうやら互いに思ったことは同じなようだ。

「本当にいい出会いだったようだな。」
「そのようですね。」

シャディアとのやりとりを思い出し微笑むイザークの表情はとても優しいものだった。イザークの意思を尊重して予定通りに明日から復帰することになり、3人はこれからの業務内容を共有する会議に入る。イザークは道中訪れた街の様子や砦の抜き打ち監査の報告を行った。

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