恋する時間を私に下さい
「あの、すみません、この本探してるんですけど……」

口ヒゲを生やした中年の男性客がメモ紙を見せる。
常連で、ジイさんの代からここへ通ってると話してた。

「…この本なら、向こうの棚ですよ」

一緒に移動する。
奴がじっと見続ける。なんだかすげぇ仕事がやりにくい。
高い場所にあるカウンターのせいで、裁判官に睨まれた容疑者みたいな気分になる。


(……そっか。この状況、今度漫画で使おう…)

忘れないように…とカウンターを見返した。
奴が慌てる。
俺が見えてるってことは、あいつの方も見られてるってことになる。

(ふふん!ザマーミロ!)

忘れた頃に振り返って驚かそう。
奴の顔を見るのは面白い。
挙動不振になって、キョロキョロ辺りを見回すから。


「…この本、面白いですかね?」

常連の男性客に聞かれた。

(…そうだ、案内してきたんだった)

「面白いですよ。ストーリーが複雑で、先が読めない感じがして…」

テキトーに答えてねぇぞ。
ちゃんと読んでるからな。

(俺じゃなくて、あいつが…だけどな)

心の中で舌を出す。
掛け持ちで仕事をするのは厄介だ。
特に今は、どちらが副業かもわからないくらいの忙しさに見舞われてる。

本来なら館長として、ここの本は全部読んどきたい。
片っ端から手にして、全部自分のものにしときたいところもある。

吸収して吐き出す。
全部、マンガの原動力になる。

(それは…分かっちゃいるんだが……)

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