朔旦冬至 さくたんとうじ ~恋愛日和~

私・・・恋愛ができないんです

陽和が保育士として
勤め始めてから
1年が経った。

陽和は1年間の
芽衣子からの指導が実り,
保育士として
メキメキと成長し,
2年目で担任を
持つことになった。

「えっ?私が?」と
陽和は一瞬驚いた顔を
見せたが,
ペアを組むのが
芽衣子と知り,
少しほっとしていた。

「でもどうして?
 芽衣子先生が
 担任ではないんですか?」

そう聞いた私に,
園長先生はにっこりと
笑ってこう告げた。

「本来であれば
 もう1年くらいは
 そうしようと
 思っていたんだけどね・・・。」

そういうと
いっしょに話を聞いていた
芽衣子先生が
私の方を見ながら
照れくさそうにほほ笑んだ。

「ごめんねえ,陽和ちゃん。
 本当はもう一年くらい
 陽和ちゃんとしっかり
 働きたかったんだけど・・・。」

そういいながらお腹を
撫で,こう言った。

「私,8月から産休に
 入ることになったから。
 1学期間もしかしたら
 迷惑かけちゃうかも
 しれないけど,よろしくね。」

思いもよらぬ
おめでたい話に
陽和は喜びつつ納得した。

 そういうことであれば
 仕方ない。
 頑張らなくては。

これまで指導してくれた
芽衣子に感謝しつつ
あと少しだけれど
また教えてもらえることに
喜びを感じ・・・

そして8月以降
一人でやっていかないと
いけない不安も抱えつつ・・・

陽和はまた気合を入れて
4月をスタートさせた。



6月のある日曜日。

陽和は芽衣子と
待ち合わせをしていた。

さすがに妊婦になってからは
芽衣子との飲み会を
行うことはなかったが,
芽衣子の方は
陽和とたわいもない
話をしながら
食事をする機会がないことが
ストレスだったらしく・・・

今日は芽衣子の家に
ランチをしに来いと
誘われていたのだ。

「陽和ちゃん!」

芽衣子は今にも
走り出しそうだったので
陽和はあわてて
こちらから駆け寄った。

「芽衣子先生,
 走っちゃだめですって。」

「あはは,ごめんごめん。」

妊婦になろうが
芽衣子の豪快な笑い方は
変わらなかった。

芽衣子は近所の
喫茶店の前を
待ち合わせ場所に
指定していた。

いくら仲良しだとはいえ,
夫のいる芽衣子の家に
遊びに行くのは
はじめてだった。

「今日は,夫は
 仕事だから。」

芽衣子はそういいながら,
玄関のドアを開けた。

「さあどうぞ。」

「お邪魔します。」

芽衣子の家は,
芽衣子の性格らしく
シンプルかつ
おしゃれだった。

「わー素敵な部屋。」

芽衣子は苦笑いを
しながら
リビングへ陽和を
招き入れた。

「まあ,座って。」

「はい。失礼します。」

リビングには
革張りのソファと
ガラスのローテーブルが
置いてあった。

「すごい。
 家具も素敵ですね。」

「そう・・かな。」

「芽衣子先生の
 チョイスですか?」

「あ・・・ううん。」

そういうと芽衣子は
少しだけ顔を
赤らめながらこう言った。

「夫のチョイスよ。
 インテリアコーディネーター
 ・・・なのよ。」

「へえ!」

陽和はそういえば
芽衣子の夫について
話をしたことが
なかったなと思い始めていた。

芽衣子は陽和のことは
突っ込みまくるくせに
自分のプライベートのことは
全く話していないことに
気が付いたのだ。

「あれ,陽和ちゃんに
 話してなかったっけ?」

「あ,はい。」

そういうと芽衣子は
上を向いてちょっと
考えてこう言った。

「じゃあさ,
 私の話もするから
 陽和ちゃんのディープな
 話もしてよ。」

「え!?」

陽和は戸惑った。
だってディープな話なんて
自分にはなかったから。

ディープな経験がないのだから
仕方ない。

だけど,芽衣子の話を
聞きたい好奇心の方が
強くて・・・

まあ,話すことがないのだから
なんとか逃げられるだろうと
思って二つ返事で承諾した。

芽衣子は,夫との馴れ初めを
話し始めた。

芽衣子の夫は
今の保育園の改装時に
来た業者の一人だった。

彼の考えたデザインは
子どもたちの安全や
楽しさをかなり細かく
考慮したもので,
そんなところに
少し惹かれたそうだ。

彼は彼で子どもたちと
明るく元気に接する
芽衣子を見て,
ほとんど一目ぼれ
だったらしい。

そのときに,
家を探していた芽衣子は
そのことを相談し,
それからあっという間に
付き合うようになった
・・・ということだった。

「へえ・・・
 なんか素敵ですね。」

「・・・そう・・?
 まあ,素敵かどうかは
 別にして,
 出会いなんて
 いつどこに
 転がっているか
 わからないものだって
 ことよ。」

そういう芽衣子の
柔らかな表情に
陽和は納得していた。

「そう・・・なんですか
 ねえ・・・。」

そのことが,前に
芽衣子が言っていた
「隙」と関係あるのか
どうかは陽和には
よくわからなかったけど,
そろそろ新しい出会いを
見つける努力は
していかないと
いけないのかなという
思いになっていた。

「さて,じゃあ,
 今度は陽和ちゃんの
 ディープな話の
 番だよねえ・・?」

芽衣子はにやにやしながら
陽和にコーヒーを
出してくれた。


「あ・・・はい・・。」

陽和はちょっと
困っていた。

 ディープな話なんて
 無いんだけど・・・

だけど陽和は,
こうも思っていた。

そろそろ誰にこの
もやもやとした気持ちを
聞いてもらって,
すっきりしたら,
次に進んでいけるかも
しれないな・・と。

そして,それを
聞いてもらうのに
適役なのはやっぱり
芽衣子のような気がしていた。

だけど,なかなか
自分からそんな機会を
作り出すことは
できない。

だから,これは
いいチャンスだったのだ。

それでも話し始めるのに
かなり勇気が必要だった。

これは恋愛の相談ではない。

恋愛できないことの
相談なのだから。

23歳の女性で
そんな人,いるのだろうか。
だけど・・・
もう次へ歩みださないと
これから先の自分が
心配だ。

陽和はそう思って
勇気を振り絞って
芽衣子に・・・
話してみることにした。

「あの,えっと・・・
 芽衣子先生,
 笑わないで聞いてくれます?」

「え?」

もうすでにその時の
陽和の真剣な表情に
芽衣子は笑いそうに
なっていた。

「どうしたの?
 なんか・・・あった?」

そう芽衣子が聞くものだから
陽和はあまりに
恥ずかしくて
食い気味に言い放った。

「な,何もないから
 笑わないでって
 言ってるんです!!」

「へ?」

きょとんとした芽衣子の
表情に陽和は我に返る。

「あ・・・すみません。」

そういって目を伏せる
陽和に,芽衣子は
「これは重症だわ」と
思い,もう一度
コーヒーを注いで
陽和に手渡した。

「本当はお酒飲みながら
 話した方がよさそうだけど?」

とやっぱりちょっと
笑いながら,
そして困った子どもを
あやす様な口調で
陽和の方を見ながら
優しく言った。

「口に出してみた方が
 楽になるんじゃない?」

「え・・・?」

どうしてわかったのか
陽和には不思議だった。

確かにこのことは
誰にもちゃんと話したことは
なかった。

もちろん小・中学校のときの
友だちはうっすら気が付いて
居る人もいたし,
何となく概要は知っている
人もいたけれど・・・

まさかその思いを
未だに陽和が燻らせ
続けていることは
みんな知らないだろう。


「私・・・
 恋愛が・・・
 できないんです。」

「え?」

陽和の告白は思わぬ
ものだった。
芽衣子はてっきり
だれか思い人がいると
言うのかと思っていた。

「正確にいうと,
 恋の仕方が
 よくわからないというか。」

「・・・恋の仕方?」

「・・・はい。」

陽和は頭の中に
朔とのことを思い浮かべながら
ポツリポツリと
芽衣子に話し始めた。


「あの,えっと・・・
 芽衣子先生,
 笑わないで聞いてくれます?」

「え?」

もうすでにその時の
陽和の真剣な表情に
芽衣子は笑いそうに
なっていた。

「どうしたの?
 なんか・・・あった?」

そう芽衣子が聞くものだから
陽和はあまりに
恥ずかしくて
食い気味に言い放った。

「な,何もないから
 笑わないでって
 言ってるんです!!」

「へ?」

きょとんとした芽衣子の
表情に陽和は我に返る。

「あ・・・すみません。」

そういって目を伏せる
陽和に,芽衣子は
「これは重症だわ」と
思い,もう一度
コーヒーを注いで
陽和に手渡した。

「本当はお酒飲みながら
 話した方がよさそうだけど?」

とやっぱりちょっと
笑いながら,
そして困った子どもを
あやす様な口調で
陽和の方を見ながら
優しく言った。

「口に出してみた方が
 楽になるんじゃない?」

「え・・・?」

どうしてわかったのか
陽和には不思議だった。

確かにこのことは
誰にもちゃんと話したことは
なかった。

もちろん小・中学校のときの
友だちはうっすら気が付いて
居る人もいたし,
何となく概要は知っている
人もいたけれど・・・

まさかその思いを
未だに陽和が燻らせ
続けていることは
みんな知らないだろう。


「私・・・
 恋愛が・・・
 できないんです。」

「え?」

陽和の告白は思わぬ
ものだった。
芽衣子はてっきり
だれか思い人がいると
言うのかと思っていた。

「正確にいうと,
 恋の仕方が
 よくわからないというか。」

「・・・恋の仕方?」

「・・・はい。」

陽和は頭の中に
朔とのことを思い浮かべながら
ポツリポツリと
芽衣子に話し始めた。


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「一度も恋をしたことが
 ないわけではありません。
 正確にいうと,
 一度だけ恋をしたことが
 あります。」

「うんうん。」

「だけど,私の中の
 最新恋事情は
 小学校6年生のときなんです。」

「・・・6年生・・・?」

陽和の発言に芽衣子は
少し驚いていた。
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