朔旦冬至 さくたんとうじ ~恋愛日和~

「そんなわけないだろ!!」


運動会も終わり,
秋が深まるある日。

1か月後に迫った,
学習発表会の合唱のことで
学級委員の朔と美咲,
指揮者の公ちゃんと
ピアノ伴奏の陽和は,
放課後 残って話し合いを
していた。

担任の高橋先生と5人で
どの曲にしようか
選考に頭を悩ませていた。

「まず,ひーちゃんが
 弾ける曲じゃないと
 いけないよねえ。」

美咲は,陽和を見ながら
そういった。

「あ・・うん。
 あんまり難しいのは
 無理だよ・・・。」

引っ込み思案の陽和が
ピアノを弾けるということを
知っていたのは,美咲と
朔だけだった。

実は高橋先生に
「ピアノ伴奏は陽和で!」
と推薦したのは
何を隠そう朔だった。

朔の気持ちに気付いていた
高橋先生は苦笑いでは
あったけれど・・・
でも,陽和の才能にも
気付いていたから,
これはまたとないチャンスと
思い,陽和に声をかけたのだ。

「この楽譜ならどれでも
 陽和さんなら弾けるんじゃないか?」

高橋先生は渋い声で
陽和に語り掛けた。

「あ・・・は・・はい。」

「そうだよ!
 陽和のピアノは,
 すげーからな。」

たぶん,音楽のことなんて
全くわからない朔が
なぜか自信満々にそういった。

「ところで,なんで
 朔ちゃんがひーちゃんが
 ピアノ弾けるの知ってるの?」

「え・・それは・・・。」

朔は陽和の家の前を
通るたびに,陽和の家から
やわらかいピアノの音色が
聞こえてくるのを知っていた。

陽和は一人っ子だし,
お母さんが弾くとも思えないから
おそらく陽和が弾いてるんだろう
・・・何よりあの
やわらかくて優しい音は
陽和が奏でる音に違いない!
と朔は確信めいたものを感じていた。

「あ・・いや,
 えっと・・・
 陽和んちから,ピアノの
 音がするから。」

「へえ?」

こちらも朔の気持ちに
気付いていた公ちゃんは,
ちょっと笑いながら
朔の方を向いた。

「あ・・いや・・
 そ・・そうかなって・・?」

朔は取り繕おうと
ワタワタしていたが,
帰ってそれが,
みんなの疑いの目を
確信にかえていた。

気付いていないのは・・・
陽和本人だけ・・・。

結局,あと2曲まで
絞ったところで,どちらにするか
決めがたくなってしまったので,
高橋先生の提案で
陽和が弾きやすい方に
することにした。

「とりあえず,陽和さんは,
 音楽室で一度この楽譜を
 弾いてみてください。」

「はい。」

そう言って,高橋先生と
陽和は音楽室へ移動した。

それまでに陽和以外の
3人は,練習日程を組むことに
していた。

「よし,こんな感じでOKかな。」

「ああ。じゃあ,これで
 明日みんなに連絡な。」

「じゃあ,ごめん。
 私は先に帰るから,
 ひーちゃんを待ってあげてね。」

習い事があって美咲は
先に帰ることになっていた。

朔と公ちゃんは,
陽和を待つことにした。


教室に二人きりになった時,
公ちゃんは唐突に朔に
聞いてきた。

「なあ,朔ちゃんって・・・
 ひーちゃんのこと・・・
 好きなの?」

「え・・・!?」

朔は突然すぎて返事に
とまどった・・・。
どうして・・・
公ちゃんはこんなことを
聞いてくるんだろう・・・。

「あ・・・のさ・・・
 実は,朔ちゃんには
 言ってなかったんだけど・・・

 俺・・好きなんだよね
 ひーちゃんのこと・・・。」

公ちゃんの告白に
朔は心底驚いた。

 そんな様子,微塵も
 見せなかったじゃん・・・。

だけど・・・朔は
いくら親友の公ちゃんでも・・
そこだけは・・・
陽和だけはゆずれなかった。

陽和を好きって気持ちだけは
誤魔化せないと思った。

「俺も・・・
 陽和のことがずっと
 好きだった。」

「・・・だよね。」

公ちゃんは,もちろん
気付いていたよという声で
そう答えた。

「朔ちゃんがひーちゃんのこと
 好きなのはずっと
 前から気付いてたよ。
 だからさ,だからこそ
 朔ちゃんには
 隠しておきたくなくて・・。
 でも,やっぱり
 俺,ひーちゃんのこと,
 好きなことは変えられなくて。」

「あ・・・うん。
 そう・・だな。
 俺も・・・そうかも。
 ありがと,公ちゃん。
 言ってくれて。」

朔は公ちゃんの思いもよらぬ
告白に驚いたけれど,
不思議と清々しい気分だった。

「だけど,いつから
 陽和のこと,好きだったの?」

「うーん・・・
 4年生のころから・・・
 かな・・・。

 ひーちゃんさ,
 すごくシャイで,
 おとなしいんだけど,
 時々しか見せない
 笑った顔が・・・
 可愛いんだよなあ…。」

「・・・わかる・・。」

朔は公ちゃんの答えに
ものすごく共感していた。

朔が陽和を好きになったのも
陽和の笑顔がきっかけだ。

「朔ちゃんは?」

「あ・・・えっと・・・
 俺は・・実は・・・
 1年生のころから・・・。」

「え・・?そんな前から?」

「・・・うん。」

朔は思った以上に驚かれた
ことに・・・少し
恥ずかしさを感じ,
顔を赤らめていた。

「朔ちゃん・・・
 一途なんだな・・・。」

「・・・。」

朔は,あらためて
言葉にされると
かなり照れるな・・・
と感じていた。

「だけどいいよな・・・
 朔ちゃんは?」

「え・・・?」

「俺はさ,
 ひーちゃんのこと,
 好きになってから,
 ずっとひーちゃんの
 ことを見てきて,
 気が付いちゃったんだよね。」

「・・・何を?」

朔は公ちゃんの
さっきからの言葉の意味が
わからずに首を傾げた。

「俺・・・
 ひーちゃんのこと
 見てるからさ・・・

 ずっと見てるから・・・
 わかるんだよ。」

「え?」

朔は,自分だって,
陽和のことを
ずっと見てきたという自負が
あった。
だからこそ,公ちゃんが
言っていることが分からずに
困惑していた。

「ひーちゃんさ,
 朔ちゃんと話してる時,
 顔つきが全然違うんだよ。

 ホントに顔を真っ赤にして
 恥ずかしそうな,
 でも幸せそうな
 顔をしてる。」

「え・・・?」

「ひーちゃんはさ・・・
 朔ちゃんのことが
 好きなんだよ。」

「は・・・・?」

朔は驚いた。
陽和が・・・
自分のことを・・・?

これだけ陽和のことを
好きなのに,
どうしてかわからないけれど,
「まさかそんなこと」
という思いが強かった。

陽和が自分のことを
好きだなんて・・・
思いもよらなかった。

いや・・・そんなこと・・
絶対に・・・ありえない。


「な・・・何言ってんだよ。
 公ちゃん。
 陽和は,どちらかと
 言えば,俺のことは
 苦手なんだって。

 だから・・
 あんなふうに・・・。」

「朔ちゃんは
 乙女心が全く
 わからないんだなあ・・

 ひーちゃんが,
 顔を真っ赤にして
 言葉に詰まるのなんて
 朔ちゃんのことが
 好きすぎて
 意識しすぎてるからに
 決まってんじゃん。」

公ちゃんは,
陽和の気持ちが自分に
向いていないことを
認める発言を重ねるたびに
拗ねたように言い捨てた。

そもそも,朔が
乙女心を理解できないから
こんな言いたくもないような
ことを言葉にしないと
いけないんだ・・と
朔に対して,
軽くイラついていた。

だけど,朔は朔で
頭の中がグルグルと
混乱を起こしていた。

 陽和が自分のことを好き?
 いや・・それはない!
 絶対にない!!

頭を整理しようとすれば
するほど,
公ちゃんが畳みかける
その言葉に
戸惑って
驚いて
鼓動が高鳴る。

 そんな・・・
 俺・・どうしたら・・

喜びなのか,驚きなのか,
戸惑いなのか・・・
まあ,悲しくはないな・・
嬉しい・・・よな・・

とにかくすべての色を
混ぜ合わせた絵の具のように
いろいろな感情が
朔の小さな心の中で
グルグルとかき回されていた。

しかも・・・
他の人なら,
「そうなのかな」
「どうなのかな」と
聞き返すことも出来たけれど・・・

陽和を好きだという
公ちゃんにそんなことは
聞けない。

結局,朔から
発せられた言葉は,
感情が整理しきれないまま
出て来た言葉だった。






「そ・・・
 そんなわけないだろ!!」
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