朔旦冬至 さくたんとうじ ~恋愛日和~
3月末。

陽和は緊張しながら
異動先の百戸保育園に
来ていた。

それは…もちろん
新しい勤務先だという
こともあるけれど…

やはり,向かいにある高校に
朔がいるということも
大きく影響していた。

「4月よりお世話になります。
 高須賀陽和です。」

職員室で挨拶を済ませ,
園長室に呼ばれた。

「高須賀先生。
 南保育園の木村園長から
 お話は聞いています。
 若いけれどとても
 力のある先生だと
 お聞きしていますから,
 とても頼もしく思っていますよ。」

「え!いえ,
 とんでもないです。
 ホントに,まだまだ
 未熟で,異動して
 不安も大きいのですが,
 精一杯頑張りたいと
 思っております。
 よろしくお願いいたします。」

「はい。こちらこそ。
 それにうちの副園長も,
 先生のこと,一押しだから!
 まあ,あまり
 肩に力を入れすぎず,
 よろしくお願いしますね。」

「はい!」

陽和は本当に照れくさく,
また,恐縮する気持ちも
あったけれど,
自分の力を認めて
もらっているようで,
とても温かくうれしい気持ちに
なった。

朔のことが気にならない
わけではなかったが,
この園で与えられた役割を
きちんとこなしていきたいという
強い思いになった。

  そうすればきっと…
  朔ちゃんも
  「頑張ってるな」って
  言ってくれる…よね?

陽和は…
いつものように心の中の
朔に…そう問いかけた。


4月。

陽和は新たな子どもたちとの
出逢いにワクワクしていた。

「今日から,
 子どもたちが来ますねえ。」

そうにこやかに話す
陽和に美和子は
笑いながら答えた。

「陽和先生は,
 ホントに子ども好きなんですねえ。」

陽和は,異動した
ばかりにもかかわらず,
年中クラスのすみれ組の
担任になった。

美和子は陽和より
一歳年下だが
落ち着いた雰囲気のする
オトナっぽい女性だった。

美和子はすみれ組の
副担任。

一見タイプのちがう
二人だったが,
なぜか気が合いそうで
陽和はそれも
今年一年楽しく
過ごせそうだなと思った
一因だった。

「え?そう?」

苦笑いする「天然」の陽和に
美和子はまた笑った。

「はい。ホント,
 陽和先生は,
 保育士が天職だと思います。」

「…そ…うかな…?」

陽和は照れながらそう答えた。








夕方。

「今日は疲れましたねえ。」

そう言いながら
肩をならす美和子。

「でも,なんか楽しかったわ。
 今年も刺激的で
 楽しい一年が過ごせそう!」

とにかく元気いっぱいの
子どもたちと出会えて
満足な陽和は,
美和子にそう返した。

美和子はそんな陽和を
クスクスとまた
笑った。


すみれ組の子どもたちは
全員お迎えが来たが,
隣の年長クラスである
れんげ組やばら組には,
まだ園児が残っている。

年長クラスに目をやる
陽和に美和子はこう
話しかけた。


「やっぱり年長となると
 保護者の迎えも
 遅くなってくるんですかね。」

「まあ…保護者の仕事の
 都合もあるだろうからね。」

そういいながら,
壁面に掲示物を貼る。

背の高い美和子が脚立に
のぼって,壁面の上の方に
掲示物を貼りつけていた。

陽和はふと
また年長クラスに目をやった。





「え…。」

思わず陽和は
声が出てしまった。




そこに見えた人物は…




まぎれもなく…

朔だった。






その背の高い風貌
あの変わらない優しいまなざし。
それは…
間違いなく…朔。


…だけど…
陽和の頭は大混乱ながらも
あることを…
しっかりと認識した…。







…ここは…


保育園だ。











ここに来るのは…


保護者…

つまり…







園児の父親…。




陽和の目は釘付けに
なっていた。

朔が入っていったのは
隣のばら組の教室。

陽和はどこかで
信じたくない…という
思いで…
目が離せなかった。


だけど…
1分と経たないうちに
園児を肩車して
楽しそうに出てきたのは

やっぱり…

間違いなく…

朔だった。







 …そっか…

 …そ…うだよね…



 時の流れには逆らえない。




 朔ちゃんは結婚して
 子どもがいる。

 幸せな家庭を築いている。





 今,私が
 例え過去のこととはいえ,
 朔ちゃんに
 思いを伝えるのは
 ルール違反だ。


 時の流れって…


 残酷だな…。







陽和はそう思って…

長く長く
冷凍されていた
朔への思いを…

解凍することなく

そっと…


捨て去った。
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