朔旦冬至 さくたんとうじ ~恋愛日和~
「で,何があったのよ?」

「いや・・・何がって
 わけじゃないんですけどね・・。」


朔はまた落ち着こうと
コーヒーを受け取り
一口飲んだ。


「先生・・・
 昔,好きだった人とか
 昔の恋人に再会したことって
 ありますか?」

「え?」

「いや,大昔の話
 ・・・っすよね?」

「は?悪かったわねえ
 大昔の話で・・・。」

「いや・・・。」

朔は墓穴を掘ったと
思って・・・
苦笑いした。

「うーん・・・まあ,
 ないことはないわよ。
 大昔の話だけど。」

「・・・。」

朔はまた苦笑いを返した。

「だけど私は
 若い時に結婚してた
 からなあ・・・。

 同窓会とかで
 再会しても,まあ,
 『元気だった?』という
 程度・・・だったけど。」


「・・・ですよね・・・。」

「ん?なんか,
 そういうことがあった?」

中村先生は嬉しそうに
向かいのソファに座った。

「なんか・・・
 えらく嬉しそうっすねえ・・?」

「そりゃそうよ。
 かわいい『息子』が
 やっと恋愛に興味を
 持ち始めたのかなと思うと・・。」

「ははは・・・。」

朔は中村先生には
叶わないなと思った。

「いや・・・恋愛なんて
 そんな・・・あれじゃ
 ないですよ・・・。」

「で,いつのころの恋人?
 学生のころ?
 高校生のころ?」

「いやいや・・・
 恋人じゃ・・・ないですよ。」

「そうなの?じゃあ
 片思いの相手?」

「・・・まあ・・・。」

中村先生があまりにも
ぐいぐいと来るので
朔はちょっと
戸惑いながらも話を続けた。


「久々・・・に
 逢ったというか・・・

 みかけたん・・・ですけどね・・。」

「うん。」

「・・・大昔に・・・
 告白したことがあって・・。」

「え?朔ちゃんが?
 へえ・・・?」

「でも,返事はもらえませんでした。」

「もらえなかった?
 断られたわけじゃなくて?」

「え・・・はい。」

「ふーん・・・
 なんだか複雑そうねえ。」

朔は
 複雑・・・ではないなあ
と思っていた。

だって,それは・・・
小学生の頃の話・・・。

複雑なわけ・・・ない。



「俺・・・それ以来
 恋愛していないんですよね・・。」

「えっ・・・・?」

朔の哀愁に満ちた顔に
中村先生は驚いていた。

「そっか・・・ 
 そんなに・・・ずっと
 思っている人なのね?」

「思っている・・・?
 いや・・・それは・・
 別に・・・ずっとって
 わけじゃないと・・・。」


そういって朔は口ごもった。

 思っているわけじゃないって
 ・・・
 否定・・・
 本当にできるのか・・・?


「それも・・・なんか
 わかんなくなって
 きちゃって・・。」

「・・・?」

中村先生は何も言わず
首を傾げた。

「そんなわけないって
 思っていたんですけど・・・

 今朝・・
 彼女の顔を見たら・・・

 やっぱり・・・

 思っていたのかなって・・・

 今ふと・・・。」



「え・・・?

 朔ちゃん・・・?」


「はい?」

「今・・・今朝って
 言った?」

「・・・・・あ・・・・。」


朔はしまったという
顔をして中村先生の
顔を上目遣いに見た。



「どういうこと・・・?」



中村先生が
核心に迫ったところで
無情にもチャイムが鳴った。


「あ・・・。」
「あ・・・。」

二人は同時にそう言った。
朔は「助かった」という
思いを込めて。

中村先生は
犯人を取り逃がした刑事のような
気持ちで・・・。


「あ・・俺,
 6限,3年女子の授業だわ!
 行ってきまーす!」

朔はそう言って
慌てて保健室を出た。

「あーもう!
 いいところだったのにい!」

中村先生は悔しそうな
でも・・・
どこか嬉しそうな声でそう
つぶやいた。

「まあ,でも
 一歩前進したっぽいな。
 誰かわからないけれど
 早く朔ちゃんに
 春が来るといいんだけど。」

そう『息子』の幸せを
願っていた。
だってこれまで
あれだけ苦労してきて・・・

いくら可愛いとはいえ,
甥っ子を育てている
若い朔には・・・
どうしても幸せになって
欲しいと思っていた。

 ・・・まあ確かに,
 恋愛の「隙」が無いのが
 欠点だけれど・・・

 それ以外は・・・
 見た目もさわやかだし・・・
 何より・・・
 優しい性格の彼が
 モテないはずはなくて・・・

なんとかいい人を見つけて
欲しいなというのが
『母』としての中村先生の
願いだった。
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