朔旦冬至 さくたんとうじ ~恋愛日和~
陽和がそんな思いを
持ち始めていたある日。

お弁当の時間が終わって,
子どもたちは外で遊んでいた。

すみれ組の子どもたちと
一緒に外に出ていた陽和の
ところに,
ばら組の女の子が
必死の形相で陽和のところに
駆け寄ってきた。

「先生!大変です!!」

そういって,
陽和の手を引っ張り,
ブランコの前に
連れてこられた。

そこには,頭を押さえて
うずくまっている男の子がいた。

「どうしたの!?」

「あ・・あの
 ブランコにぶつかって・・・。」

「見せて!」

出血はなかったものの,
ブランコがぶつかったと
思われる部分が
こぶになっていた。

「大変!
 とにかく,冷やさないと。
 古川先生呼んできて!」

陽和は周りの子にそう
指示すると,

「立てる?」

とその男の子に聞き,
「うん」と答えたその子を
連れて職員室に向かった。


「とりあえず,冷やそうね。」

そういいながら,陽和は
冷凍庫から氷を用意し,
氷嚢を作った。

「えっと,お名前は・・・?」

「たかひら ゆうです。」

「あ・・・,ゆうくん・・ね。」

陽和はハッとした。

 そうか・・・
 この子が朔ちゃんの。

由宇の顔をまじまじと
見たことがなかった陽和は,
名前を聞いてやっと,
由宇のことを認識した。

 そういえば・・・
 どことなく・・目元が
 似ている気がする。

「よし,じゃあ,
 これで冷やそう。」

陽和は由宇をベッドに
横たわらせ,
こぶになっているところに
氷嚢を置いて冷やし始めた。

「わ!由宇くん!
 大丈夫!?」

「古川先生!」

陽和は,担任の古川先生に
これまでの経緯を
説明した。

古川先生は,由宇の
状態をチェックし,
とりあえず,すぐに救急車を
呼ぶような事態ではないと
判断した。

「まあ,痛かったわねえ。
 でも,どうして
 柵の中に入ったの?」

確かに・・・と
陽和は思った。

由宇の落ち着いた態度を
見ると,ふざけて
ブランコの柵の中に
入るような感じには
見えない。

ボールでも追いかけたのかな?
と陽和は思っていた。

「あのね・・・
 たんぽぽぐみのれみちゃんが
 ブランコのさくのなかに
 はいっていっちゃって

 みんながあぶないって
 いったんだけど・・・
 わかってなくて
 ブランコにぶつかっちゃいそう
 だったから・・・。」

「・・・それで,
 柵の中に入って
 麗美ちゃんをかばったんだ?」

「・・・うん・・・
 だってブランコも
 すぐにとめられそうも
 なかったし・・・

 ごめんなさい。」

「・・・いいのよ。
 ほんと,由宇くんらしいわ・・。

 ありがとうね。
 麗美ちゃんを守って
 くれたんだね。」

たんぽぽ組というのは,
年少の3歳児クラス。

小さい子が危ない状況に
なったから,
由宇は守ったのだ・・・。

「とにかく,
 おうちの人に連絡するわね。

 陽和先生,もうちょっとだけ
 由宇くん,みててもらえますか?」

「あ,はい。」

そういって,古川先生は
電話をかけ始めた。




由宇は騒ぐこともなく
おとなしく患部を冷やしていた。

「由宇くんは,すごいねえ。
 小さい子を守ってくれるなんて。」

由宇の姿に,あのころの
朔の顔が重なった。

陽和の「ヒーロー」だった
あのころの朔。

さすが,朔の子どもだと・・
陽和は思っていた。


「由宇くん。
 『朔ちゃん』,すぐ来てくれるって。
 よかったわね。」

「うん・・・。」


「よかったね。
 すぐ来てくれるって。」

陽和がそういうと,
由宇は複雑そうな顔をした。

「どうしたの?」

そう陽和が聞くと・・・

「さくちゃんに
 しんぱいさせちゃったかな。」

そう由宇がつぶやいた。

陽和は,父親のことを
「ちゃん」付けで呼ぶ
不思議さを感じつつも,
若い父親だからそうなのかなと
思っていた。

由宇は本当に父親思いの
いい子なのだなと・・・。

「大丈夫だよ。
 お父さんもそんな風に
 思っていないよ。」

「・・・うん・・・。」

そういうと由宇は
悲しそうな表情をした。

「あのね,せんせい。
 さくちゃんはね,
 ぼくのおとうさんじゃ
 ・・ないよ。」

「え・・・?」

陽和は,由宇にそう言われて,
驚いてしまった。

 父親じゃ・・・ない?

陽和は頭の中が
パニックになった・・

 じゃあ一体・・・?

そう思ったけれど,
由宇の悲しげな表情と
今の状況から
それ以上聞くのはやめた。
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