短編集 ~一息~
【短編集21~40】
『聖夜に』

 一年の中で、最も人が無防備になるのは、大きなイベントがある日だろう。
 そう考えた男は、大人も子供も恋人たちも高揚するその日を、ずっと待ち望んできた。
 今夜はクリスマスイブだ。
 正月に長期旅行を予定していて、戸棚に旅費を隠している家も多い。
 更に、クリスマスだからと外食に出る家族もいる。そんな幸せに満ちている者たちを横に見ながら、男は激しい嫉妬心を燃えあがらせてきた。
 長年の経験から、この日に行動すれば、間違いなく成功すると男は踏んでいたのだ。
 男の職業は泥棒だった。
 昔から素行が悪かったというわけではない。学歴は自慢できるものではないが、新卒者として会社に雇われた時には、残業も上司との付き合いも喜んで受けてきた。
 その上司との付き合いの中で、男ははじめて賭け事というものに手をつけた。そして、はじめてだというのに、面白いほど儲けてしまったのだ。
 以来、必死に仕事をするのが馬鹿馬鹿しくなった。残業を断っては、賭け事の場に足を運んだ。
 ところが、今度は勝てない。次は絶対にと何度も思って繰り返すうちに、多額の借金を抱えることとなった。
 これからどうやって生きていこうと考えた末に、男は人生の道をはずれてしまった。
 そして、皮肉にもはじめて盗みをして成功した日が、クリスマスイブだったのだ。
 今年も同じように行動へと移す。男はその家の者が全員寝たのを見て侵入した。
 まず、奥の部屋に鏡台を見つけた。仏壇の隣にあったので縁起が悪そうな気もしたが、引き出しを開けると空。では、と考えて手を突っこむと、死角から指輪入れを見つけた。
 見ると一目でダイヤモンドの指輪だとわかった。ところが男はこれを無視して違う物を探した。指輪は換金した時点で足がつく。危ない橋は渡らないというのが男の持論だった。
 次に男は隣の部屋を覗いた。子供部屋。子供は大金を持っていないから期待できない。
 すぐに部屋を変更する。すると、目の前に小型犬が出現した。小型犬は遊ぼうと言いたげに男にじゃれると、着けていた手袋を銜え取った。
 男は動揺した。これでは現場に指紋が残ってしまう。仕方なく盗みを断念して家を出た。
 小型犬が吠え続ける声が、男の背中に浴びせられていた。

 翌朝、刑事たちが、その家の現場検証に訪れた。
 そして、報告を受けた刑事が首を傾げた。
「連続強盗犯を捕まえたのはいいですが、ここの犯人の動きは理解できないですね」
 首を傾げる刑事に、事情聴取をされていた女性が「はい」と返事をした。
「家に泥棒が入ったなんて、刑事さんに聞いてはじめて知ったんですよ。なくなったと思っていた 結婚指輪が姑の鏡台の上に置いてあって……サンタクロースが見つけてくれたのかなって言っていたんです。それに、犯人が落としていった手袋も赤ですしね」
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