短編集 ~一息~
『良き現在過去。未来を。』

 今年も小学校の桜が満開になった。
 近隣の人たちにも愛されている桜たちは、美しさを競うように咲き誇っている。たった一本の桜を除いて。
 三年前の嵐で大きな亀裂が入ってしまった桜は、次第に元気がなくなり、最終的に花を咲かせることなく枯れる運命を辿った。
 ただ、それを切っ掛けに切り株の近くから、金属の箱が見つかった。
 発見したのは五年生の女子。体育の授業の時だった。興味津々で箱に近づき、担任に向かって声を上げる。
「先生、何かが埋まっているみたいですけど、掘り出してみてもいいですか?」
 定年間近の男教師は金属の箱を見て、それが何であるかをすぐに察した。
「タイムカプセルか。掘り出すのを忘れていたんだな。どれどれ、埋められた西暦は二〇一五年。私が生徒だった頃のものか!」
 タイムカプセルという聞き慣れない物に、他の生徒たちも集まってくる。
「先生、タイムカプセルって、何ですか?」
 級長が挙手をして質問する。男教師は微笑みながら答えた。
「カプセルの中にその時代の物を入れて、何年後かに開けて懐かしむものだよ」
「じゃあ、先生が子供の頃にあった物が、この中に入っているということですね。何を入れたんですか?」
「それが全く思い出せないんだ。危ない物は入っていないはずから、開けてみようか」
 男教師がそう言うと、見つけた生徒が皆を呼ぶ。好奇心旺盛な子供たちは円をつくるように金属の箱を囲み、開けられるのをじっと待った。
 鍵はなく、上から蓋だけ被せてある箱なので、簡単に開けられそうだ。しかし、何十年も前に埋められていた物だ。中の物が無事という保証はない。
 男教師は慎重に力加減にも気をつけながら蓋を開ける。開いた途端、土埃が上がり、カビの臭いが風にのって漂っていた。
「長いこと埋まっていたから、湿気がすごそうだな。中の物が腐ってなければいいが……」
 中にあったのは五十センチ四方の黒いビニール袋に包まれた物。それが、十個ほど出てきた。
 ほとんどが紙類のようで、かなりの重さだ。その中で、破れかけている袋を見つけた。どうやら、突起物が袋を破ったらしい。穴に指を差しこんで、慎重に破く。そして、一番先に手に当たった物を取り出した。
「……先生、それは何?」
 出てきたのは生徒たちが見たこともない物だった。けれど、男教師にとっては懐かしい物だった。
「これはチョークだよ。タイムカプセルを埋めた年に、電子黒板に変えたのを思い出した」
 チョークとともに、黒板消しも出てくる。重要な予定を書き込んでいた小さな黒板も出てきた。男教師は涙を浮かべた。小学生の頃の記憶がよみがえってきたのだ。
「懐かしいな。授業中におしゃべりしていて、先生にチョークを投げつけられたっけ。黒板消し落しの悪戯もしたなあ」
 次に出てきたのは、ノートだった。落書き帳や日記帳。授業内容が書きうつされたものが出てくる。文字や絵は鉛筆と色とりどりのペンや、クーピークレヨンで書かれており、子供たちが声を上げるくらい奇麗な色で塗られていた。
「ねえ、先生。これはどうやって使うの?」
 クーピークレヨンやチョークを持ちながら、子供たちは男教師に訊く。
「それで絵や文字を書けるんだよ。こうやって――」
 実践する男教師を見て、子供たちは歓喜の声を上げた。
 歓喜の声を上げるのは当然だ。今は、ほとんどが電子情報の時代。紙は大事な資源とされ、ほとんど見ることがなくなった。そのため、子供たちには逆に新鮮に見えるのだ。
 次に出てきたのは漫画や小説だった。それを見て、生徒が電子機器を出す。
「僕、この漫画持ってる。ほらっ!」
 こちらも、今は電子書籍というかたちで出版されているものが多い。各々が好みの本を取り、紙とインクの香りを吸いこみながら、物語とページをめくる作業に没頭した。
 男教師はその本の中から、自分が好んで読んでいた漫画を手にして開く。少年時代を思い出しながら、物語の世界に入り込んで夢中になる。
 その時だ。本の間から何かが落ちた。それは一通の封筒、表には○○へ。と書いてあった。男教師は生徒たちに見られないよう、封筒を慌ててポケットの中に押しこむ。
「こんな物を何で入れていたんだ? 俺は……」
 子供たちが怪訝な顔をしている中、ネットや携帯で話すのが当たり前だった二〇一五年を男教師は思い出す。
 ○○へ。の中に入る名前の人物は快活な女子だった。そして、男教師と同じ教師の道を進んでいた。今は隣の学校で教頭をしているときく。
「サプライズのつもりで入れていたのだろうが……紙じゃないとできないよな。こんなサプライズは」
 下手くそな字を必死になって奇麗に書こうと頑張った、そんなラブレターの筆跡。女子好みの封筒はどれだろうかと悩んだ記憶もよみがえってきた。
 手紙ではなく、電子文字でも伝えられる想いは同じかもしれない。しかし、新しき良きものに押されて、古き良きものは消えゆく。それは淋しいことでもある。
「久しぶりに彼女に会いにいくか。そして、昔話に花を咲かせよう」
 データの中から意図的に引っ張り出したのではなく、偶然見つけた懐かしき文字たち。
「先生、教室に戻って、この本を読んでよ」
 子供たちの要望に応えるため、教室へと戻る。本を開いて朗読するのも懐かしい。
 折れた桜の根には、新たに大きくなろうとしている新芽が出はじめていた。
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