ラヴィアン王国物語
「アイラよ。ただの、アイラ。そう、そうそう、ニンフ、ニンフニンフ」

 しれっと言い返してやった。睨み合った後、ラティークは楽しそうに微笑んだ。

「そう。僕を叩いた威勢は有効活用しよう。ふふん、暇なハレムの日常の楽しみができた。
礼を言うよ。奴隷たちは忙しそうだが、本当に、暇でたまらない」

 厭味ったらしく言い残し、シャッと天幕を閉めた。わらわらと女性が飛び込んで行った
が、一人として自国ヴィーリビアの民の姿は見当たらない。

 散らかった果物の合間にいくつもの書類が見える。いったいこの部屋はなんだろう。
(ラヴィアン王国にて行方知れずになっている、ヴィーリビアの少女たち。失踪には絶対にラ
ティーク王子が絡んでいるに違いない)

 そっと爪先を滑らせ、廊下に出るなり、どっと怒りが湧いてきた。

(虚仮にされた気がする。堂々と規律破りしておいて!)

「なに、あの態度! 風の魔法で心を操らせてる? 神聖な精霊をなんだと思っているの
よ。つまんない仕事させて! あたしが精霊なら天罰下すよ!」

 砂ばかりの大地ラヴィアンには、どうやら、アイラと波長の合う水の精霊はいない様子
だ。前途多難。でも、不可能なほど、燃えるもの。

 ヴィーリビアの王女の役目は果たして帰る。民、秘宝、親友。手にすべき大切なものは
たくさんある上、時間も少ない。ふざけた魔法にかかっている暇はない。

「レシュ、そう思うでしょ。来たわよ、みんな、どこにいるの……」



(この広い宮殿のどこかに、民は囚われている。親友も、秘宝も)



 アイラはやたら広い庭園を見詰め、唇を噛んだ。色合いが激しすぎて、双眸が痛い。色
とりどりの装飾なのに、孤独感を煽られる。ラティーク王子との諍いのせいだ。

 一瞬、好みの容姿に見惚れたが、現れた内面は残念と来た。

(まあ、美形は古来より性格が悪いらしいし。ここは期待しないでおこう……)


 それより、精霊召喚法を護らず、子供の精霊を連れているほうが問題。禁忌を犯し、精
霊の子供を連れた第二王子なんて多分、ロクな男じゃない。
 手すりを握りしめた。


「あたしのドキドキと、ファースト・キス返せ——っ!」


 砂漠に響いた声の先では早くも夜が降りてきていた。
 瑠璃色の空と金の砂漠の間、アイラは半日前の行動を思い返した——。
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