遠すぎる君


先輩と二人、小さな部屋の乱れたベッドの前に座っていた。
面と向かい合うことはお互い出来ず、すこし離れた場所に。

その頃には私の口の中はカラカラ。
先輩は何も言わず、項垂れて座っている。お茶を出してもくれなさそうだ。

彼の家で浮気現場に遭遇したというのに、お茶の心配するなんて。

私はもう壊れているのだろうか。
ショックすぎて自分の事とは思えないのか。
それとも既に私の中で終わっていたというのか。

無言の空間が居たたまれなくなった。

先輩はどう思っているのだろう。
項垂れているという事は、私に知られたくなかったのだろう。

優しい先輩はきっと自分を責めてる。
私が思いを返せなかっただけなのに。

「……先輩、ごめんなさい、突然来てしまって……」

私の言葉に弾かれたように顔を上げた。

「きっと、今日も用事があったんですよね……」
先輩は私の顔を辛そうに見つめた。

それは十秒ぐらいだったのだろうが、とても長く感じた。


「責めないのか」
「……え?」
先輩は息を吸って吐くと同時に私に掴みかかった。

「どうして責めないんだ。俺は……俺は浮気してたんだぞ!」

「せ、せんぱ……い……」

彼に掴まれた肩が痛かった。
こんな先輩は、こんな恐い先輩は初めてだった。

「痛い」とも「離して」とも言えず、もちろん責めるなんて私にはできない。

黙ったまま先輩を見つめるしかなかった。

すると肩を掴んだ手が緩み、そのまま私の背中に回された。

「俺は浮気したんだ!後ろのベッドで他の女を抱いた!さっきまで!」

顔は見えないけれど、先輩の顎から私の肩にポトリと何かが落ちるのがわかった。

「先輩……」

私は先輩の頭を抱き締めた。

こんなに傷つけてしまったのは私。

肩に染み入ってくる先輩の涙。気が付けば私も泣いていた。

しばらく私たちは抱き合ったまま、すべてを洗い流すかのように涙を流した。








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